その身体に触れたら、負け ~いじわる貴公子は一途な婚約者~ *10/26番外編
 さっそく彼の従者が手早く布を敷く。ささやかなピクニックだ。

 きゅうりと卵のサンドイッチ、ハムとチーズ、クッキーはラズベリージャムを練りこんで焼いたものとハーブを練りこんで焼いたものの二種類、そしてポットに入れた紅茶、という簡素なものだが、外で口にするものはなんでも美味しい。

 少し肌寒いからか、熱い紅茶が喉を滑ると自然とほうと息をつく。

 けれどじっと自分を見るフレッドの視線に気づいたとたん、彼女は居たたまれない気分になった。

「何か?」
「いえ、あなたがずいぶんと楽しそうにおられるなと思いまして。社交場ではいつも周りを寄せつけないように見えましたから……ああ、失礼」
「いいえ、気にしませんわ。おっしゃる通りですもの。着飾って華やかな場所に行くよりも、ここの方が好きなのです」

 どこかで鳥の声が聞こえるのに耳を澄ませ、オリヴィアは遠くに目を凝らす。

「ここはお父様が守ってこられた場所ですもの。雄大な景色があって、豊かな実りがあって、のどかで……領民も、毎日を楽しく過ごしているように見えるわ。それが何よりも嬉しいの。だからせめて、弟が結婚して妻となる方がここの女主人になるまでは、私がここと彼らの生活を守る……と思っていました」

 ここの領民や家族とともに、慎ましく暮らせれば良かったのだ。社交や結婚などよりも、ここで穏やかに暮らしたかった。望みはそれだけだった。

 うーんと両手を突き出して思いきり息を吐く。その様子をフレッドが目を細めて見つめた。

「驚きました、令嬢というのはドレスや宝石に夢中なものだと思っていましたが」
「変わっているとおっしゃるのでしょう」
「いえ、あなたがドレスについて講釈を垂れたら、僕は勘弁してくれと両手を上げるところでした」

 フレッドが手を万歳の形にして苦笑する。
「貴方は着飾った女性に興味がないのですか?」
「着飾ることをどうこう思っているのではありませんよ。着飾ったところで、内面が変わるわけでもないですからね」
「フレッド様はフェミニストなのか、それとも冷たくていらっしゃるのか、判断に困りますわ」
「どちらでも、好きに理解してくださって構わないですよ」

 フレッドがからりと笑って、サンドイッチにかじりつく。オリヴィアもサンドイッチに手を伸ばした。

「でも、あなたの楽しそうな様子を見てほっとする程度には、あなたに嫌われたくないと思っていますよ。実のところ、今日の約束を憂うつに思っておられるのではないかと、懸念していました」

 オリヴィアはどきりとした。
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