その身体に触れたら、負け ~いじわる貴公子は一途な婚約者~ *10/26番外編
 フレッドがおどけた目で、サンドイッチを次々と口に放りこむ。

 憂うつに思わなかったと言えば嘘になる。けれど、それは決して嫌だとかいう意味ではなく、婚約者という呼称のついた男性を相手にどう振る舞えば良いのか決めかねたからで。

 実際には彼の言うとおり、オリヴィアはこの遠駆けを思いがけなく楽しんでいた。

「オリヴィア、口」
「はい?」
「卵がついていますよ。取ってあげましょう。触れますよ」

 言うが早いか、フレッドが彼女の唇の端を親指の腹で拭う。ぴくんと肩が震えた。

 不覚にも子供みたいなところを見せてしまった。またたくまに頬に朱が走る。彼の前で、醜態ばかりさらしている気がする。フレッドは拭ったゆで卵の欠けらを、何でもないことのようにぺろりと舐めた。

「……次からは私がいいと言ってからにしてください」
「はは、頑ななのにも限度がありますよ」
「あ、ありがとう……ございます」

 彼の言う通りだとしぶしぶながら礼を言うと、フレッドが噴きだす。

 彼こそ、王都にいるときと印象が違う。王都にいるときは乾いた笑みばかりで、こんな風に笑うところは見られなかった。

 心の奥のほうがぽうっとあたたかくなる。怖いはずの男性といても、思ったよりも緊張せずに済んでいるのがなぜかわからないまま、彼女は視線を馬の方に向けた。
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