その身体に触れたら、負け ~いじわる貴公子は一途な婚約者~ *10/26番外編
「リリスという名前なんですね」
「弟君から聞きましたか? 次は自分とも遠駆けして欲しいと誘われました」
「アランが? それなら一緒に来れば良かったのに」
「彼なりに気を遣ってくれたみたいですよ」
「何に? もう一度来ていただく方がよっぽど手間をかけさせるのに、あの子ったら」
「あなたは……」

 フレッドが呆れた顔で苦笑し、クッキーをかじる。オリヴィアが「なにか?」と訊き返しても、「いえ」と笑って次のクッキーに手を伸ばすだけだ。それもさっきからカモミール入りの方ばかり口にしている。どうやら癒しの効果があるハーブが気に入ったようだ。オリヴィアは怪訝に思ったことも忘れてくすりと笑った。

 次はもっとたくさん用意しよう。

「リリスが物欲しそうに見ていますね」

 フレッドが愛馬を見て笑う。その眼差しはやっぱり社交界で見るのとは違い、柔らかい。

「まったく。しかも僕が珍しく女性と二人でいるものだから、さっきから拗ねているんですよ」

 フレッドが立ち上がって愛馬の背を撫でる。
 珍しく女性と二人でいる……。
 本当にそうなのか、リリスの前で女性と二人きりになったことがないだけなのか。悶々としそうになる自分を振り切るように、彼に付いて愛馬の前に立った。

「改めまして、こんにちは。オリヴィアよ。ここまで来てくれてありがとう」

 今日は首もとにフリルのついたサテンの白ブラウスにベージュの上下という姿だ。乗馬用のコートは裾が大きく開くようになっており、足もとは茶色いブーツである。女性はスカートで横向きに乗るのが主流だけれど、オリヴィアの乗馬服はいざとなれば速駆けもできるように、男性と同じつくりだ。

 つまむ裾はないけれど、オリヴィアはリリスに向かって軽くお辞儀をした。フレッドに許可を得て、そっとリリスを撫でる。
 その様子を彼が目を細めて見ていた。

 リリスに嫌がられなかったことにほっとして、さらに何度も撫でる。けれど彼が自分のことを婚約者だと紹介しなかったことが引っ掛かった。
 リリスもだから大人しく撫でさせてくれているのかもしれない。馬相手に何を考えているんだろう、と泣き笑いみたいな表情になってしまったとき、フレッドが彼女を覗きこんだ。
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