その身体に触れたら、負け ~いじわる貴公子は一途な婚約者~ *10/26番外編
「今も、……お忘れになりたいことはないですか?」
「どういう意味です」
「私が訊くのもおかしいですけど……どうしてあの提案を受けてくださったのですか?」

 フレッドが足を止めて苦笑した。どこか皮肉めいた、それでいて寂しげな表情だ。

「あなたが、あんまり強情で卑怯だから」

 無意識のうちにむっとしていたらしい。フレッドが声を上げて笑う。

「僕との結婚が嫌なら、そう御父上に言えばいい。辺境伯の方が格上ですからね、取り下げると言ってもらえればいいだけだ。それなのにあなたはそうはせずに、結婚はしても良いが触れるななどと勝手なことを言う。だからつい、賭け事にしてやりたくなりました」

 頬が引きつり、オリヴィアはつかつかと彼につめ寄った。

「フレッド様って人が悪いんですね。人を怒らせるのがお上手ですわ」
「今は、部分的には反省していますよ。結婚そのものを怖がっていらっしゃるのでは、ね」
「残りの部分では?」
「腹立たしいですね」

 彼女は言葉につまった。

「失礼、言い過ぎました。……ところで僕の背中を見てもらえませんか? 何か付いているような気がして落ち着かない。葉っぱかな」

 急に話が変わり、オリヴィアは毒気を抜かれてフレッドの背中に回る。

「見当たりませんわ。落ちたのでは?」
「いや、そんなはずはない。コートの内側かもしれないので、めくって見てくれませんか?」

 フレッドがちらりと目線だけをよこす。オリヴィアは彼の背に目を走らせ、ライトグレイの地に格子模様の入った乗馬用コートを脱がせようと、肩に手をかけた。

「あなたは触れられるのは嫌だと言うが、自分からはためらわないのですね。だがもっと人を疑った方がいいですよ」

 フレッドはとうとうこらえきれないとでも言わんばかりに、くつくつと笑い出した。

「ほら、賭けが僕の勝ちで終わってしまいます」 

 オリヴィアは反射的に彼から手を放した。怒りでわなわなと震える。

「人の厚意を……」

 けれど続きを言おうとして、オリヴィアはさっと青ざめた。厚意を利用したというのなら、自分こそ彼に無理を言っている。

 オリヴィアは胸の前で両手を握り合わせ、表情を改めた。


「フレッド様は、勝ちたいですか」
< 26 / 182 >

この作品をシェア

pagetop