その身体に触れたら、負け ~いじわる貴公子は一途な婚約者~ *10/26番外編
本当は壁際にたたずむのも、飾りのないドレスを着るのも、男性の目を惹かないため。一生、誰にも色のこもった目で見られたくないからだ。

 だというのに、この言われよう。腹立たしいけれど、言い返して何が変わるでもない。

 それに辺境伯領を田舎と言われればその通りだけど、彼女にとっては大事な領地だ。嘲笑を受けるようなことではない。

 お金がないこととドレスも関係ない。
 けれどここで自分が身を縮めていれば、それこそ家を恥じているように見えてしまう。

 オリヴィアは背筋をまっすぐ伸ばすと顎を上げ、にこやかに前を見すえる。


 不意に強い視線を感じて、思わず彼女は全身をびくりと硬直させた。
 ダンスに興じる人々の向こう、反対側の壁際で腕を組む男と目が合う。

 切れ長の目は鋭いけれど、やわらかそうな栗色の髪の毛のおかげか、威圧感はさほどない。ただしんと冴えた目だ。

 男は彼女の視線に気づくと、目を合わせたまま広間を突っ切りこちらへやってくる。

 女性を誘う甘やかさもなければ、興味がありそうな輝きもその目にはない。それなのになぜ自分を見ていたのだろう。

見覚えがないけれど、どこかで会っただろうか。オリヴィアが記憶を探るあいだに、男は人混みを抜け、彼女のすぐ目の前までやってきた。

「初めまして、フリークス辺境伯のお嬢様」

 流れるような仕草で手の甲に挨拶の印を受ける。初夏の空のようなきっぱりとした瞳には、理知的な光が宿っている。

けれど初めましてと言う割には、その目は妙に親しげで落ち着かない。

「……初めまして。失礼ですが、お名前を教えて頂けますか」
「僕のことを聞いておられないのですか。では、しばらく隠しておくことにしましょう」

 不遜な言い方にオリヴィアは眉を寄せた。
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