その身体に触れたら、負け ~いじわる貴公子は一途な婚約者~ *10/26番外編
 この時期に咲くトルコキキョウなど見たことがない。清冽《せいれつ》な白色をたたえて幾重にも重なる可憐な花弁。
 清楚かつ優美なたたずまいの花束だった。「こちらもお預かりしております」と渡されたカードを開く。

『お加減はいかがですか? この前は楽しかった、ありがとう。またどこかにご一緒しましょう』

 言い合って不快にさせてしまったことも、雨の中でわずらわせたことも感じさせない文面だった。しかも、次の機会を望んでくれてもいる。
 オリヴィアはカードをそっと胸に押し当てた。

「……お礼は何がいいかしら」
「お嬢様、まずは完全に回復してから考えてくださいな」

 エマは満足げにグラスをサイドテーブルに戻すと、ワゴンから一口大にカットされた果物の乗った皿をテーブルに移す。

「これを召し上がったらもう少しお休みください」
「ありがとう」

 触れられた最初こそパニックになったものの、その相手が彼だというだけで不思議に恐怖は鎮まった。嫌ではなかった。それどころか、この人なら大丈夫だと思ったら身体中の力が抜けた。

 鼓動がとくとくと速まる。

 手間をかけたことの詫びと礼はどのようにしよう。エマが置いていったオレンジを一切れ口に入れると、思ったよりも甘い果汁が口いっぱいに広がる。
 オリヴィアはいつまでも飽きずにトルコキキョウの花束を眺め続けた。
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