その身体に触れたら、負け ~いじわる貴公子は一途な婚約者~ *10/26番外編
 声を上げることも身じろぎすることもできないうちに、男の舌がオリヴィアの唇をこじ開ける。

 肉厚の舌は奥へ奥へと彼女の舌を探り、捕らえ、絡め、吸いついた。口内を縦横無尽にうごめく熱に、頭の中が麻痺する。

 心臓が激しく乱れ打ち、触れられた場所がかあっと熱を帯びる。決して甘いものではない、乱暴なだけのものなのに。

 男はと見れば、取りつくろった笑みが剥がれ、どこか余裕なさげなものにかわっていた。

「んっ……」

 顔を覆いたくなるような水音が自らの口内から発せられた瞬間、オリヴィアは羞恥でわれに返った。悲鳴が喉もとまで出るのに、唇は隙間なく塞がれ、音にならない。涙が目尻に浮かんだ。

 必死で男の胸を押し戻そうとするけれど、力ではまったく敵わない。それどころかいつの間にか腰を抱くのとは反対の手が彼女の顎から耳を撫で、頭のを固定する。

 そうしている内にも、舌は彼女をあざ笑うかのように口内を余すところなく犯す。

 どれほど時間が経ったのだろう。

 ようやく解放されたオリヴィアは、溺れる寸前の者が水面に頭を出したときのようにはふはふと荒い呼吸を何度も繰り返した。

 怒りと恐怖のないまぜになったものが閃光のように背を駆け上り、オリヴィアは右手を振り上げる。

 けれどその手はあっけなく彼に取られ、あろうことか指を絡められた。
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