その身体に触れたら、負け ~いじわる貴公子は一途な婚約者~ *10/26番外編
 ううん、本当かどうかなんてわからない。考えたって仕方がない。

 ただの噂ではないか。アイリーンのときも、「親切な」令嬢たちや、カイルさえさんざん彼女に吹聴したけれど、誤解だった。何も確かめないうちから、口さがない噂に流されたくない。
 そう言い聞かせるものの、相手が王女殿下となると話がまったく異なるのだと、オリヴィアとて気づかないわけではない。

 今の彼女はフレッドに直接確かめることのできる立場でもなくなってしまった。誰より近くなった人だったけれど、その姿は遠くかすむ一方だった。

「疲れたかな? 休憩するかい?」
「いえ、大丈夫ですこれくらい。今日はおじ様と踊っていただくために来たんですもの。それを果たしていただかなくてはいけませんわ」

 オリヴィアは微笑んだ。少しぼんやりしていたらしい。

 あの事件が起こってから、脳が考えることを拒否してしまうのだろう、ぼんやりすることが多くなった。
 そんな彼女を、グレアム夫妻はとがめもせず優しく見守ってくれた。だからグレアム夫妻を心配させることだけはしたくない。

「よし、では一曲踊ってくれるかな?」
「もちろんですわ、おじ様。おじ様が踊ってくださらないと、私はずっと案山子《かかし》でいなくちゃならなくなるわ」

 けれど、ダンスも永遠には続かない。
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