overdrive
「三年も傍にいて、分からない?」

「え?」


爽やかなフレグランスにまじるのは男の人の匂い。慣れ親しんだ恋人の体温は、いつもより高い気がした。


「俺はね、美結」


囁きを霧散させたのは、賑やかな着信音。私のポケットから聞こえるメロディーは事務所からのものだと、司さんも知っている。

拘束されていた身体は解放され、甘い香りと温もりも離れてしまった。

なんというタイミングでかかってくるのだろう。
私はスマートフォンの電源を切っておくべきだったと反省しつつ、彼を見上げた。


「ごめんなさい」

「出なよ。問題が起きたのかもしれない」


司さんは、ノートパソコンを入れてある私のバッグをちらりと見て、肩を竦める。
そして、くるりと背中を向けてしまった。

散策路はここで行き止まり。
彼は仕方ないように突き当りの柵にもたれると、沖へと視線を投げた。
 

(ううっ、私のバカ!)


後悔に苛まれながら、それでもスマートフォンを取り出して応答する。

この旅の終わりも行き止まりではないか。
そんな気がして、でもどうしようもなくて、初めて泣きそうになった。
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