overdrive
やはり、仕事にミスがあったのだろうかと焦るが、特に思いつかない。
社長はうーんと唸ると、唐突に質問してきた。


『あなた、彼氏とデート中でしょう?』

「はい……えっ?」


階段から団体客と思われる一団が下りてきた。わいわいおしゃべりしながら、私の後ろを通り過ぎていく。

彼らのじゃまにならないよう隅っこに寄り、なんとなく司さんのほうに目をやった。
だけど、人垣に邪魔されてよく見えない。


『彼氏とのことは美結のプライベートだし、言おうか言うまいか迷ってたんだけど』


社長にしては珍しく、勢いのない話し方だ。言葉どおり、どこか迷っているように聞こえる。


『……昔、私の知り合いにね、美結みたいに仕事熱心な子がいたの。それこそデート中だろうがお構い無しに、仕事を優先してたわ』

ぎくりとした。現在の私の問題を提示するような話である。
何も言えずにいると、社長は続けた。


『周りの人は忠告したけれど、その子は仕事に夢中で、どうしようもなかった。結局、結婚目前だった彼氏に逃げられちゃってね。その後の恋愛もうまくいかず、いまだに独身よ』

「そ、そうなんですか」


波の音が遠ざかっていく。団体客の賑わいも、背後から消えてしまった。

身につまされる話に、私は愕然としている。
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