課長、サインを下さい!~溺愛申請書の受理をお願いします。
1. 夜の喫煙室にて
 

 定時を三時間も過ぎた金曜の夜のオフィス。そこに残っているのは私一人だ。

 「ふぅ、今日はこれでよしっと。」

 黒縁の眼鏡を少し持ち上げて、瞼の上をグリグリと揉んだ。

 「さてと。」

 デスクの一番下の引き出しを開けて、私物のカバンを取り出す。オフィスの電気を消して扉を閉めてから、薄暗い廊下へと踏み出した。

 節電対策として定時後は電気を消された廊下を、踵の低いパンプスの音が響く。階段の先にある部屋の窓から明かりが漏れていて、その辺りだけぼんやりと光っている。私は出口へと続く階段の方へ曲がらず、まっすくにその部屋へと向かった。
 
 カツっと足音を止めた目の前には『喫煙室』と書いたプレートが付いている。
 コンコン、と二度ほどノックしてから返事を待たずに扉を開いた。
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