課長、サインを下さい!~溺愛申請書の受理をお願いします。
10. 春陽のオフィスで
暦の上ではもうしっかり春なのだけど、まだまだ冬の気配も消し去れない今日この頃。
ニュースでは桜の開花予想が連日取り沙汰されている。
「いい天気だなあ。花見はどこがいいかなぁ、美弥子。」
デスクの後ろの広くて大きなガラス張りの窓からは早春の穏やかな陽射しが降りそそいでいる。
「今日は絶好の昼寝日和だな。一緒にそこのソファーで少し横になろう。」
デスクに頬杖を付きながらあくびを噛み殺している彼の様子を横目で見てから、私は手元のスケジュール表に目を遣った。
「申し訳ありませんが、その時間はございません。この後すぐに午後からの重役会議が入っておりますので、そろそろ出る準備をなさってください、専務。」
「あ~、そうだったな。昼寝は、また今度、か。」
残念そうに言いながら立ち上がった雄一郎さんが、私の方へ歩いてくる。
「美弥子は本当に優秀な秘書だな。」
私のすぐ目の前に立った彼は、私の後ろで一つに括った髪の束を弄びながら、つむじに唇を寄せる。
「専務。勤務中は『柴原』と呼んでください、と何度も」
「今は二人っきりだから大丈夫。」
掌で弄んでいた私の髪をパサッと落として、腰を折って顔を寄せてくる。
「そういう問題ではありません。」
手に持っていたスケジュール帳で、彼の顔をブロックした。