課長、サインを下さい!~溺愛申請書の受理をお願いします。
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雄一郎さんは「くっくっく、」と肩を震わせて笑いながら、スケジュール帳を突きつける私の手首を握った。
【サカキテックの課長】だった彼は、今はこの【榊コーポレーションの専務】になった。
『課長』の時はほったらかしで下しっぱなしだったクセのある長めの前髪も、今は整髪剤を使って綺麗に後ろに撫でつけてある。スーツも量販品とは違って、体にピッタリと合ったオーダーメイドの三つ揃えスーツだ。スーツの隙間から見えている紺色にゴールドのストライプの入ったネクタイは、私がバレンタインの時に手作りチョコと一緒に彼の贈ったものである。
そんな『専務』の姿からは“出来る男の色気”が漂っていて、就任してからこれまで、女性社員の間で彼の噂話を聞かない日は無い。副社長と専務がセットで姿を見せると、黄色い声があちこちから上がるほどだ。
「優秀な専務第一秘書殿。」
彼は私の手首を掴んだまま、私を見下ろしながら不敵に笑っている。
「これからの重役会議は何時からでしょう?」
「十四時三十分からとなっております。」
「今は何時何分?」
雄一郎さんが掴んでいるのとは反対の腕を胸の位置まで上げて時間を確認する。その腕にはめらているレディースウォッチはつい先日のホワイトデーに彼から送られたものだ。文字盤に埋め込まれてるダイヤが、照明に当たってキラリと輝いている。
「十四時十七分です。」
不敵な笑みを浮かべていた雄一郎さんの瞳の奥が妖しく光った。
「まだ十分以上ある。」