課長、サインを下さい！～溺愛申請書の受理をお願いします。
　膝の上の私を一度抱き直してから、優しい口づけを額にくれた雄一郎さんの腕の中で、この二ヶ月間を振り返った。
　
　確かに、専務秘書に就任してからこの二ヶ月間、私はこれまでの人生の中で一番濃密に働いていた。
　初めての職場異動、初めての秘書の仕事に加え、初めての結婚生活。
　そのどれもを完璧にこなしたくて正直躍起になっていた気がする。

　会社では、専務とその秘書という関係の私たちは常に行動を共にする。その為、出勤も帰宅もいつも一緒だ。
　接待や会食のない日は、帰宅してから夕飯を出来るだけ早く取れるように、いつも朝早く起きて夕食の仕込みと家事を済ませていた。
　時には、早朝から日付が変わるまで動き続けることもあった。
　食事と入浴を済ませた後、雄一郎さんのお風呂上りを待っている間にソファーで寝てしまうことも数えきれないくらいある。朝気付くとベッドで寝ていて、雄一郎さんに抱えられて運ばれたことすら気付かない有様だ。

　雄一郎さんの胸にそっと頭をもたれかける。
　
　そう言えば最近、彼とゆっくり抱き合っていないわ…。

　そんなことすら今更ながら気付いてしまい、長い息を静かにそっと吐きだして、瞼を下ろした。
　私の体をしっかりと抱えていてくれている彼に身を預ける。

　トクリ、トクリ、トクリ、

　静かな部屋の中で、耳から入ってくるのは彼の鼓動の音だけだ。

　私たちの後ろの大きなガラス張りの壁面からは、午後の陽射しが差し込んでいる。
　彼の温もりと暖かな光に、体の中から力が抜けてきて、私は自分が随分色々と力を入れ過ぎていたことに気が付いた。

　しばらくの間、二人とも黙ってその温かな時間に満たされた。

< 119 / 121 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop