課長、サインを下さい!~溺愛申請書の受理をお願いします。
 しっとりと長い口づけの間、言われた通りに鼻で息をしてみる。

 あっ、苦しくならない…。

 密かに感心していると、ちゅ、とリップ音を立てて離れた課長が、「上出来。」と言って微笑んだ。

 「これで遠慮は要らないな。」

 満足げにそう言った彼は、私を両腕に抱きしめたまま45度回転して私の上に。

 「きゃあ!」

 思わず声を上げた私を見下ろしながら、彼の瞳が妖しく揺れる。
 昨夜と同じ『肉食獣の瞳』に射すくめられて、自分がライオンに追い詰められたウサギになった気がした。

 課長はその瞳を光らせたまま私に語りかける。
 その口調は彼の瞳とは反対に、私を労わるように優しくて、そのギャップに胸が高鳴った。

 「なあ、美弥子。」

 「は、はい…」

 「結婚の条件は『信頼』っていっただろ?」

 「はい。」

 「前の奴がどんなふうだったかなんて、俺は知らないし知りたくもない。」

 一瞬考えてから、彼の言わんとしていることが分かった。
 思わず顔が赤らむ。
 それを見た課長は「ちっ、」と舌打ちをして、ものすごく嫌そうな顔を少し背けて「何となく分かるがな」と口の中でもごもごと言った。

 全部は聞き取れなかった私が「え?」と聞き返すと

 「それはともかくとして、」

 課長は私に目線を戻して言った。
 
 「俺はお前の嫌がることはしない。」

 真剣な瞳で私を見つめている。
 私に彼の『本気』を分からせるように。

 「怖いと思ったら直ぐに言え。少しでも俺のすることに恐怖や嫌悪を感じたらいつでも止めてやる。」

 そして懇願するような切ない瞳でこう言った。

 「だから、俺を信じてほしい。」


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