課長、サインを下さい!~溺愛申請書の受理をお願いします。
 雄一郎さんはそんな私を見ながら少しの間笑っていたけれど、日本酒を一口飲んだら真顔に戻って「でもな、」と話を続けた。

 「これまでは俺が承認した後の仕事は俺がやっていた。それは美弥子も気付いてただろ?」

 「ええ。だから遅くまで会社にいたんでしょう?」

 「ああ。ま、お前が帰るまではほとんど喫煙室にいたけどな。」

 「うん。」

 「でも、俺が許可したもののうち、いくつかお前に流れてたせいで残業してただろ?」

 「う~ん、でも私が自分から引き受けたことがほとんどよ。」

 「ああ、まあそれでも、だ。そんな訳で、俺だけ早くに帰れても、お前が家にいないと意味がないしな。」

 やっぱりそこなの!?…とちょっと呆れかかった。

 「でもそれだけじゃなくて、課の奴らをもう少し育ててやるのも俺の仕事だって思い出したのさ。」

 「そうなの?」

 「ああ。このまま俺とお前が皆の仕事の尻拭いばかりしてたんじゃ、他の若い奴らが育たないだろう?なんとなく、この三年はそれでも俺が何とかしてればいいかと思っていたんだけどなぁ…」
 
 彼は少し遠くを見つめている。
 きっと何かまだ考えがあるんだと思うけど、私は敢えてそこには触れなかった。

 「そうなのね。じゃあ私もそういう方向で私なりにみんなのフォローをすることにするわ。」
 
 「ありがとう、美弥子。いつも助かってる。」

 優しい瞳でお礼を言われて、仕事へのやる気も湧いてくる。

 「うん。頑張る。さ、お料理、冷めないうちに食べましょう。」

 彼の空になっている薩摩切子に日本酒を注いで、食事を再開した。 


 
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