課長、サインを下さい!~溺愛申請書の受理をお願いします。
 玄関ホールに入ったけど、誰もいない。受付にも人は居なかった。
 キョロキョロと辺りを見回してビクビクしている挙動不審な私を見て、隣でクスッと笑った雄一郎さんは、エレベーターのボタンを押した。
 
 「今日は土曜日で休みだからな。基本ほとんど人は居ないはずだ。」

 エレベーターが六機あるうちの一つのドアが開いたけど、確かに誰も乗っていない。
 きっとこのエレベーターも月曜になればフル稼働なんだろうな、と思いながら乗り込んだ。

 繋いだ手と反対側の手で【23】を押した雄一郎さんに、尋ねたいことが色々あるけど、どれからどんなふうに訊いたらいいか分からなくて口を開けない。

 自分を見上げたままジッと固まっている私を見て、彼は少し困った様に眉を下げ、握っている私の手を自分の口元まで持ち上げてから、指の付け根辺りに口づけをした。
 そのまま反対の手で私の手を包み込む。

 「何も怖いことはない。もう少しだから、このまま俺に着いて来てくれないか?美弥子。」

 まるで祈りを捧げるようにそこに額を付けて目を閉じている彼に

 「はい。」

 と返事をした時、エレベーターが二十三階に停まった。
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