国王陛下の庇護欲を煽ったら、愛され王妃になりました
ノエリアが寝坊をしている間、マリエが、朝食のみならず昼食と夕食の下ごしらえをしていってくれたので、食事の心配はまず大丈夫だった。キッチンから出て、屋敷を見回しながら、あれこれやることを考える。
(畑の様子を見て、それからシエル陛下とリウ様の服を洗濯して干そう。この天気なら昼までには乾くでしょう)
それからノエリアは、まず、昨夜施した畑の保護を片付けて荒れている場所を直した。思ったほど被害はなく、収穫できるものはして、散らかっているものは片付ける。
屋敷に戻って洗濯をし、干してひと段落した時には正午まであと少しといった時間だった。
ノエリアは、昼食にと用意されていたパンで、畑で収穫した野菜と塩漬けの肉を焼いて挟み、サンドイッチを作った。
(片腕が不自由だから、こういうもののほうが食べやすいと思うのよね)
今朝、食べられなかったカボチャのスープを温め直し、持っていくことにする。トレーに乗せて部屋へ運ぶ。
(昼食が終わったら、クッキーを焼こうかな。夕方にはリウ様とマリエが帰ってくるでしょうから。薬草と蜂蜜のクッキーと、疲労回復の薬草茶を用意しよう)
シエルはきっとまだ寝ているだろうから、食事の用意は無駄かもしれない。しかし、様子を見ることも兼ねて、少しの間、部屋に滞在しようと思う。読みかけの本も持って、ノエリアは部屋のドアをノックした。
「失礼いたします。シエル陛下、昼食をお持ちしました」
反応はないだろうと思ったので、返事を待たずに静かにドアを開け、中に入った。振り返ると、ベッドには今朝と変わらずに眠っているシエルの姿。ノエリアはそばへ行き、顔を覗き込む。
(呼吸が荒い感じもしないし、大丈夫だろう)
不自然に頬が赤いわけでも、汗をかいているわけでもなさそうだ。
テーブルに昼食を置く。ベッドのそばに椅子を持っていき、そこで本を読むことにした。
(昨日から眠り続けているけれど、それで回復すればいいな)
自分用に持ってきたものではなかったが、用意したお茶をいただくことにする。花にリラックス効果のある薬草のお茶で、部屋に良い香りが漂う。ノエリアはカップを口に運びながら、本を開いた。
◇
顔の下がモコモコと動く感覚で意識を戻された。目を開けると、なぜかベッドに突っ伏している自分に気付く。
(あれ? どうしたのかな、わたし)
椅子に座って本を読んでいたはずなのに、どうしてベッドの上に突っ伏しているのだろう。
(うそ、いけない!)
そうだ。ここはシエルが眠る部屋で、このベッドに彼が眠っている。ノエリアは顔を上げると、目の前に緑色の瞳。起き上がっているシエルが目に入った。
「わぁっ!!」
ノエリアは驚いて手をベッドから退ける。おそらく、モコモコと動いていたのは彼の足だと思う。
(う……国王陛下の上に寝てしまうなんて)
「なんだ。その幽霊でも見たかのような反応は……」
シエル・リンドベリ国王陛下。黒髪と緑の瞳は王家の証。美しくそして凛々しい国王だ。けれど寝癖で乱れた髪の毛、そして疲労と恐怖のようなものを浮かべた目は淀んでいて、険しい。
(このひと、大丈夫?)
「今日は何日なのだ……」
まるで手負いの獣のような目を向けられ、ノエリアは困惑した。
「ここはどこだ。リウは? それと、この猫はなんなのだ。追い払ってくれ」
ふと見ると、シエルの枕元に白猫ハギーが横たわって尻尾を揺らしている。
(看病していてくれたのね。ありがとう)
そのハギーに向かって、シエルは手でシッシッと払う。ハギーは立ち上がってベッドから降りた。
「お、落ち着いてくださいませ、陛下」
「落ち着いている。大丈夫だ。だが……記憶が、途切れ途切れで……」
言い終わるか終わらないかのうちシエルは腕を押さえて呻いた。傷が痛むのだろう。ノエリアは焦り、シエルの体を支える。
「無理をなさってはいけません。まだ傷が塞がっていないのですから」
「俺に、触るな」
ギロリと睨まれ、体が竦む。それと同時に、怒りも込み上げてしまった。
(心配しているのに、どうしてそんな刺々しい態度を取るの?)
「ですが……」
「平気だ。手は借りずとも動ける」
シエルはベッドから降りようとする。服を脱がせたままだったので、下着姿だ。無理に体を動かして、シエルは膝から崩れ落ちそうになった。ノエリアは半裸のシエルを正視できなかったが、危なかったので再び支える。そのとき触れた腕が、少し熱いと感じた。
「あ……少し熱っぽい気がします」
「平気だと言っている」
呼吸が荒い。寝ている時に熱を計っておけばよかった。夜になって熱が上がらなければいいが。