国王陛下の庇護欲を煽ったら、愛され王妃になりました
「リウは、どこだ」

「リウ様はただいま外出中です」

「どこへ行った。服は? 俺も外に」

 また無理に立ち上がろうとする。昨日からなにも食べておらず、力も入らないはず。包帯も交換しないといけないのに。ちょっと落ち着いて欲しいのだけれど。

(なんて我が儘なの……!)

 ノエリアはイライラし始めた。

「いけません。申し訳ありませんが、そのお体で動いてはいけません」

たしなめるとまた鋭い視線を送ってくる。

(い、いちいち睨まないで欲しいのだけれど)

「きみは誰だ。この屋敷のメイドかなにか? 俺に意見するなど……」

「メイドではありませんが!」

 思わず声を荒げてしまう。
 素性を聞きもしないでそう決めつけるなんて。なんて勝手なひとなのだろうか。ノエリアは言い返したくなるのを堪えた。相手は国王だ。しかし、いまここで止めないと、服を着て外に出てしまいそうな勢いだ。無茶である。

「わたしは、ノエリア・ヒルヴェラと申します。ここはヒルヴェラ伯爵の屋敷です」

「ヒルヴェラ……?」

 名前を聞いて、一瞬顔色を変えたシエル。メイドだと思っていたのに伯爵家の者だと聞いて驚いたのだろう。

「お言葉ですが陛下、言うことを聞いていただかないと、腕の傷が化膿して腐って痛くてのたうち回ったあげくに腕を切断することになるかもしれませんよ!」

 ノエリアがピシャリと言う。

(ちょっとキツかったかな。怒ったらどうしよう)

「な、なに……切断?」

 怒るかと思ったが、目に浮かんだのは、動揺と恐怖だった。

(怖いんじゃないの。なんなのもう、面倒くさいひとだな)

 国王であっても、ひとりの青年。怪我が悪化して取り返しのつかない事態を招くと言われれば、誰でも恐怖を感じるはずだ。

 シエルは黙ってベッドに戻る。いま動いたことでまた痛むのか、包帯を巻いた左腕を触る。ノエリアは彼の横に、着替えを置く。

「これを。父のもので申し訳ないのですが……。陛下の服は手当てのためにリウ様が切ってしまわれたので」

 裸のままでは風邪をひきそうだし、目のやり場に困る。また文句を言われるかと思ったが、予想に反し、シエルは黙ってシャツを着ようとしている。ノエリアはホッとする。しかし、片腕ではやりにくそうだったので、なるべくシエルの体を見ないようにして、ノエリアは着替えを手伝った。ゆったりとした袖のシャツなので、これなら脱がなくても捲り上げて傷を確認できる。邪魔にもならないだろう。

「喉も渇いてらっしゃるでしょう。お茶をご用意しますね」

 シエルの顔をちらりと見ると、がっくりとうなだれている。

(そんなに肩を落とさなくても……冗談が過ぎたかな)

「へ、陛下、お茶を召し上がったら包帯を交換しますね。化膿止めもしているので、大丈夫、です、よ」

 そう言うと、シエルがパッと顔をあげ表情を明るくした。ノエリアは少々笑いそうになる。

(分かりやすいひと……)

 笑いそうにはなったけれど、すぐ思い直す。

(大怪我をしているのに、言うことを聞いて貰うためとはいえ、冗談で怖がらせてしまって、悪いことをしたな)

 カチャカチャと音を立てながらカップを置く。緊張しているように見えたかもしれない。シエルは余程喉が渇いていたのか、一気に飲んだ。

「いい香りだな……これはなんのお茶?」

「うちで栽培している、薬草のお茶です」

「薬草?」

 シエルは、空になったカップの匂いを嗅いでいる。

「ポットの中身をご覧になりますか?」

 ノエリアはティーポットの蓋を開けて見せた。葉や茎、白い花弁が見える。

「栽培しているのか?」

「はい。一応、敷地内に畑がありまして。そこの窓からも見えますよ」

 とは言ったものの、ベッドは窓から離れていたのでシエルに畑を見せることはできなかった。

「……あとで、ご一緒しますね」

 慰めるように言って、お茶のおかわりを注いでいると、ギシッと音がしたから振り向く。シエルがベッドから立ち上がっていた。

「あ、陛下」

「平気だ。そんな軟弱じゃない」

 つい、病弱な兄と一緒にしてしまった。できれば、横になっていて欲しかったのだが。リウもそうだけれど、シエルも鍛えた体の持ち主だ。ベッドで過ごす時間が長かったからといって、立ち上がれなくなるようなことはないのだ。隣に立つ背の高い逞しい体に、ノエリアは少し息を止めてしまう。

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