国王陛下の庇護欲を煽ったら、愛され王妃になりました
(なんだか、慣れないから)

「あそこか」

 シエルは窓の向こうに広がる畑を指さす。昨夜、あそこに倒れていたときのことは覚えていないのだろうか。

「はい。あまり広くないのでお恥ずかしいです」

「あそこは、何人の使用人で管理しているのか、聞いてもいいだろうか」

「畑専用の使用人はおりません。わたしとマリエで世話をしています」

 すっと目が細められる。笑ったのではなく、何事か考えている様子だ。

(男性って、仕事の話をするときみんなこういう顔をするのかしら。お父様もそうだったし、お兄様も)

「……ふたりで、ということか?」

「はい。あ、マリエは侍女ですが、そんなの関係なくて、もう家族の一員で」

「季節ごとの収穫量は? 収穫したものを保管する倉庫の広さは? 収穫したものをどう加工するのだ?」

 ノエリアの話を、シエルは聞いていないのか。

(いやいや、相手は国王陛下。聞かれたことに答えなくちゃ)

 友達か家族との会話じゃないのだから。ノエリアは頭を切り替える。

「えっと……やはり春夏の収穫量が多いので、その時期に収穫したものを、基本的に乾燥加工しています」

「乾燥加工」

「はい。乾燥させたものは裁断、粉砕などを施し、小分けの袋詰めをします。そして村の薬局に納品しています」

 真剣にノエリアの話を聞くシエルの目が真っ直ぐに見てくる。

(薬草に興味があるのかしら)

「薬草の収穫量は少なくて、家族がやっと暮らしている状態で……。話が前後しますが、我がヒルヴェラ家は祖父の代から薬草事業を立ち上げました。途中色々ありましたが細々と続けています」

「お父上は? その、ヒルヴェラ……」

「爵位は伯爵で父サンポは5年前に亡くなり、現在は兄ヴィリヨが爵位継承しております」

「そう、か」

 父が亡くなったと聞いて、少し目を伏せたシエルだったが、すぐに視線を窓の外へ向ける。

「説明ありがとう」

 目を逸らされて、シエルは随分と冷たい反応をするなと感じてしまった。

(説明ありがとうの前に、助けてくれてありがとうとは言えないのかしら、このひと)

少々むっとしたノエリアだったけれど、相手は怪我人で国王陛下。笑顔で振る舞わなければ。

「薬草事業だけじゃ食べていけないので、畑で野菜も育てているのですよ」

 サンドイッチの皿を持ち上げ、微笑みかけた。

「陛下、空腹でございましょう。どうぞ召し上がってください。怪我の治りも早いと思います」

 シエルはゆっくりノエリアに近寄って、皿のサンドイッチを摘んだ。匂いを嗅いで、パンを少し捲っている。

「変なものは入っておりません。ここで収穫したものと、村で買った干し肉と……」

 そこまで言うと、シエルがパクリとサンドイッチにかぶりついた。咀嚼する表情を見ていると、明るくなっていくのが分かる。

「……美味しいな」

(本当に、分かりやすいひと)

「それと、こちらがカボチャのスープなのですが、冷めてしまいましたね。温め直してきます」

「いや、いい。いただこう」

 シエルは、窓辺を離れ、傷に響くのを恐れるようにゆっくりと歩きテーブルセットの椅子に座った。

(リウ様とも心配したけれど、腕の傷以外にはどこも怪我は無さそう。安心した)

 ノエリアはホッとしながら、シエルの前にスプーンを置いた。彼は、器にトロリと注がれてあるカボチャのスープにスプーンを入れ、口に運んだ。

 動きが一瞬止まったが、何度もスプーンでスープを飲む。最後のほうは器を持って直接飲んでいた。

「美味しい」

 ぶっきらぼうに言うシエルだったが、頬がちょっと上気し赤くなっていた。可愛らしいなと思い、ノエリアはふっと笑ってしまう。

「なんだ」

「いえ、失礼致しました」

(ご機嫌を損ねて首でも撥ねられたら大変だわ。注意しなくちゃ。長居は無用ね)


 さっさと包帯を交換して、他の仕事をしたい。ふたり増えたことによって、食料が足りないからなんとかしなくては。

「陛下、包帯を交換させていただきたいのですが……」

 そう申し出ると、シエルは黙ってベッドへ戻ってきた。
 薬草箱と替えの包帯、ガーゼを用意する。ノエリアは、シエルのそばに跪くと、手際よく包帯を外した。患部を覆うガーゼを外すと、生々しい傷が顔を出す。ノエリアは思わず顔をしかめる。

(ああ、痛そう。よく平気で動けるものだわ)

「痛みは、いかがですか?」

「まぁ、あるにはあるが、これぐらいの傷は平気だ」

(鍛えられているからなのかな。やはりお強い)

 やせ我慢もあるのかもしれないが、日頃の鍛錬がものを言うのだろうなと、ノエリアは思った。


< 15 / 48 >

この作品をシェア

pagetop