国王陛下の庇護欲を煽ったら、愛され王妃になりました
「血は止まっています。化膿止めも施しているので、このまま続けて様子を見ます」
ノエリアは、昨晩と同じように、薬草箱から出したいくつかの薬草をすり潰してガーゼに包む。痛みを与えないように注意を払い、綺麗な包帯と取り替え、処置を終えた。
「はい。終わりました」
「その葉は、なんだ?」
シエルは乳鉢に残った薬草を指さす。
「殺菌と化膿止めとして使える薬草です。あと、微熱があるようなので、先程のお茶は解熱と鎮痛です。傷の手当てに使ったものも混ぜています」
「薬草茶なのに、苦くはなかったな」
「はちみつを加えて飲みやすくしました」
「なるほど……たしかにほんのり甘かった。その、薬草箱を見てもいいか?」
シエルは、袖を直しながら身を乗り出している。
「これは見たことがある。実には毒素があって使えないが、花には鎮静効果がある」
「よく、ご存じで」
意外だった。ノエリアは嬉しくなり、身に着けていたエプロンを外し、シエルが座るベッドに椅子を寄せて座った。薬草箱はベッドに乗せる。
「これも知っている。虫除けになるのだろう?」
(シエル陛下は、薬草の知識があるのね)
この薬草の名前は? これは? この花は? 食べるのか、飲むのか。効能はどうなのか。薬草箱の上から順に引出を開けながら、シエルはノエリアにあれやこれやと質問してきた。
「色んな種類があるのだな」
「あの……陛下は、ご興味がおありなのですか? その、薬草に」
ノエリアが聞くと、シエルはカップのお茶をゆっくり飲んだ。コクリという喉の音が聞こえる。
「興味は、そうだな。ある。知っていくと面白いと思う」
目が綺麗に細められる。
「どう言えばいいだろうか、なんかこう」
シエルは、考えていることをなんとか伝えようと言葉を考えているようだった。
「自然の植物に、人間や動物を治療する能力があるということが、凄いと思わないか? そういうところが、逞しくて好きだ」
伝わった。シエルの言いたいことが真っ直ぐにノエリアに届く。自分の耳が熱くなるのが分かった。
「あ、わ、わたしも……! 好きです!」
勢い余って、大きな声を出してしまった。シエルはちょっと驚いて目を逸らす。
(いけない。つい)
もう少し落ち着いて離さないと。けれど、自分が携わっている薬草を好きだと言ってくれることが嬉しかった。しかも、国王陛下が。
「ち、知識もお持ちですし。勉強されたのですか?」
問うたノエリアの顔を、シエルがじっと見つめた。ノエリアは緊張して体が動かなくなる。
「あ……すみません。陛下に対して、質問など」
「いや、かまわない」
シエルはカップをテーブルに戻した。
「そうだな。きっかけといえば、幼少の頃、王宮に出入りする者のなかに薬草学を教えてくれたひとがいたのだ」
「そうだったのですか」
「うん。知れば面白いと思った。けれど、国王としての教育に必要ない、そんなことを学んでなにになるのだと、父が……」
シエルの父。前国王だ。もう何年も前に亡くなっているし、王妃も相次いで。そしてシエルは若くして国王となったのだ。父が、と言った口がきゅっと結ばれて、シエルは下を向いてしまった。
「いや、なんでもない」
言いたくないのだろう。ノエリアが聞く権利も無い。だけれど……。どうしてか、ノエリアは胸が締め付けられる。下を向く理由を、暗い表情をする理由を、知りたくなる。
気持ちを誤魔化すように「お茶、違うのを淹れましょうか」と言って、席を立つ。
「陛下、甘いものはお好きですか?」
「ああ……」
ワゴンに置いてあった瓶を取ると、中身をスプーンで掬い取り、カップに垂らす。柑橘の皮を使ったジャムだ。それにお湯を注ぐと、ふわりと甘くすっきりした香りが部屋に漂う。シエルの前に出すと、そっと口をつけた。
「甘い」
そのままの感想だったので、また微笑みそうになるが、我慢する。
「ドラザーヌは緑豊かな国ですからね。森の中に、まだまだ知らない薬草、効能を持つものもたくさんあるでしょうね」
「そうなのだろうな。きみはそれを調べるのか?」
「そう思っています。現に、幻の薬草があります。栽培も難しく、なかなか手に入らない。わたしも見たことはありません。古い書物にあって……花は幾重にも重なっており、細い葉に柔らかい茎。根っこまで全て使える万能薬だそうです」
うっとりとノエリアが話す。見てみたいし、触ってみたいものだ。
「紫の花を持つ、ミラコフィオ……?」
シエルが何気なく答えたことに、ノエリアは驚く。
「どうして、その名前を」
「先程も言った、王宮に出入りしていた者の中に……」
そこで、シエルの言葉が止まる。そして、何かを思い出したように目を見開いた。
「……あ」
シエルは、再びノエリアと視線を合わせて、動かなくなった。記憶を辿っているかのような、指の動き。
「そうだ、伯爵だ。彼の名前は、カリッツォ……カリッツォ・ヒルヴェラ」
「お爺様の名を、どうして」
ノエリアは、昨晩と同じように、薬草箱から出したいくつかの薬草をすり潰してガーゼに包む。痛みを与えないように注意を払い、綺麗な包帯と取り替え、処置を終えた。
「はい。終わりました」
「その葉は、なんだ?」
シエルは乳鉢に残った薬草を指さす。
「殺菌と化膿止めとして使える薬草です。あと、微熱があるようなので、先程のお茶は解熱と鎮痛です。傷の手当てに使ったものも混ぜています」
「薬草茶なのに、苦くはなかったな」
「はちみつを加えて飲みやすくしました」
「なるほど……たしかにほんのり甘かった。その、薬草箱を見てもいいか?」
シエルは、袖を直しながら身を乗り出している。
「これは見たことがある。実には毒素があって使えないが、花には鎮静効果がある」
「よく、ご存じで」
意外だった。ノエリアは嬉しくなり、身に着けていたエプロンを外し、シエルが座るベッドに椅子を寄せて座った。薬草箱はベッドに乗せる。
「これも知っている。虫除けになるのだろう?」
(シエル陛下は、薬草の知識があるのね)
この薬草の名前は? これは? この花は? 食べるのか、飲むのか。効能はどうなのか。薬草箱の上から順に引出を開けながら、シエルはノエリアにあれやこれやと質問してきた。
「色んな種類があるのだな」
「あの……陛下は、ご興味がおありなのですか? その、薬草に」
ノエリアが聞くと、シエルはカップのお茶をゆっくり飲んだ。コクリという喉の音が聞こえる。
「興味は、そうだな。ある。知っていくと面白いと思う」
目が綺麗に細められる。
「どう言えばいいだろうか、なんかこう」
シエルは、考えていることをなんとか伝えようと言葉を考えているようだった。
「自然の植物に、人間や動物を治療する能力があるということが、凄いと思わないか? そういうところが、逞しくて好きだ」
伝わった。シエルの言いたいことが真っ直ぐにノエリアに届く。自分の耳が熱くなるのが分かった。
「あ、わ、わたしも……! 好きです!」
勢い余って、大きな声を出してしまった。シエルはちょっと驚いて目を逸らす。
(いけない。つい)
もう少し落ち着いて離さないと。けれど、自分が携わっている薬草を好きだと言ってくれることが嬉しかった。しかも、国王陛下が。
「ち、知識もお持ちですし。勉強されたのですか?」
問うたノエリアの顔を、シエルがじっと見つめた。ノエリアは緊張して体が動かなくなる。
「あ……すみません。陛下に対して、質問など」
「いや、かまわない」
シエルはカップをテーブルに戻した。
「そうだな。きっかけといえば、幼少の頃、王宮に出入りする者のなかに薬草学を教えてくれたひとがいたのだ」
「そうだったのですか」
「うん。知れば面白いと思った。けれど、国王としての教育に必要ない、そんなことを学んでなにになるのだと、父が……」
シエルの父。前国王だ。もう何年も前に亡くなっているし、王妃も相次いで。そしてシエルは若くして国王となったのだ。父が、と言った口がきゅっと結ばれて、シエルは下を向いてしまった。
「いや、なんでもない」
言いたくないのだろう。ノエリアが聞く権利も無い。だけれど……。どうしてか、ノエリアは胸が締め付けられる。下を向く理由を、暗い表情をする理由を、知りたくなる。
気持ちを誤魔化すように「お茶、違うのを淹れましょうか」と言って、席を立つ。
「陛下、甘いものはお好きですか?」
「ああ……」
ワゴンに置いてあった瓶を取ると、中身をスプーンで掬い取り、カップに垂らす。柑橘の皮を使ったジャムだ。それにお湯を注ぐと、ふわりと甘くすっきりした香りが部屋に漂う。シエルの前に出すと、そっと口をつけた。
「甘い」
そのままの感想だったので、また微笑みそうになるが、我慢する。
「ドラザーヌは緑豊かな国ですからね。森の中に、まだまだ知らない薬草、効能を持つものもたくさんあるでしょうね」
「そうなのだろうな。きみはそれを調べるのか?」
「そう思っています。現に、幻の薬草があります。栽培も難しく、なかなか手に入らない。わたしも見たことはありません。古い書物にあって……花は幾重にも重なっており、細い葉に柔らかい茎。根っこまで全て使える万能薬だそうです」
うっとりとノエリアが話す。見てみたいし、触ってみたいものだ。
「紫の花を持つ、ミラコフィオ……?」
シエルが何気なく答えたことに、ノエリアは驚く。
「どうして、その名前を」
「先程も言った、王宮に出入りしていた者の中に……」
そこで、シエルの言葉が止まる。そして、何かを思い出したように目を見開いた。
「……あ」
シエルは、再びノエリアと視線を合わせて、動かなくなった。記憶を辿っているかのような、指の動き。
「そうだ、伯爵だ。彼の名前は、カリッツォ……カリッツォ・ヒルヴェラ」
「お爺様の名を、どうして」