国王陛下の庇護欲を煽ったら、愛され王妃になりました
(嘘でしょう。お爺様)

 ノエリアもシエルも、お互いの言葉に驚き狼狽える。

「きみは、カリッツォの孫なのか」

 ノエリアは、不思議な繋がりに驚いていた。自分の祖父がシエルと出会っていたなんて。

「俺はいつも、カリッツォと呼んでいた。彼が、小さかった俺に植物と薬草のことを教えてくれたんだ。聞けば聞くほど、面白くて……」

 いつの間にかシエルが笑顔で話している。昔のことを懐かしく思い出す優しい目で。

「俺と同じくらいの男の子と小さな女の子が家にいるのだと、教えてくれたことがあった」

「兄ヴィリヨとわたしのことですね」

「俺に会わせたいと言っていた。女の子は天使のように可愛くて……」

(お爺様は、そんなことを言っていたの)

 シエルはノエリアの視線に気付き、そのあとは続けてくれなかった。

「あの頃は、とても楽しかった」

 そう言って、シエルはにっこりと笑う。ここへ来て初めて見る彼の柔らかな笑顔だった。ノエリアは、少ししか記憶にない祖父がまた身近に思えて、嬉しかった。

(こんなことってあるのかしらね。ねぇ、お爺様)

 白髪で優しい目をした祖父を覚えている。なんだか近くでふたりを見て笑っているような気さえする。

「わたしの小さすぎてあまり祖父の思い出が無いのですが……不思議なご縁ですね」

 ノエリアは足下がふわふわするような感覚に陥った。本当に不思議。遠くにいた祖父のおかげでこの出会いがある。

「ひとつ、頼みがある」

「なんでしょう」

「この左目は、光を少し感じる程度。怪我が原因で、見えない。訓練で日常生活に支障はないのだけれど、集中する必要があるから、疲れるんだ」

 傷がついた瞼、少し濁った緑色の瞳。シエルは自分の顔に指を這わせる。

「俺のそばに来るときは、右側にいてくれると助かる」

 ふっと、シエルがノエリアを見る。彼の纏う空気が柔らかくなった気がする。ノエリアは、シエルが自分の弱いところを話してくれたことが、嬉しかった。

「リウ様が戻られてこれからどうなさるのか分かりませんが、ここにいらっしゃる間は、ゆっくりと過ごしてください」

(そう、ここにいる間は)

「わたし、おそばにいますから」

「……ありがとう」

 礼を言って逸らされたシエルは、心なしか頬が赤かった。

「熱、ありますか?」

「な、ない! よ、用事が終わったらいいぞ。もう、俺はひとりでも」

「そうですか? では、御用がありましたらお呼びください」

 ノエリアがそう言うと、シエルは変な顔をする。

「貴族の娘なのに、メイドか侍女のように働かなくてはならないのか」

 今更なにをと思ったが、きちんと説明しておいたほうがよさそうだ。リウからも聞くかもしれないけれど。

「そうですね。見ての通り、うちは貧乏なので使用人も家令もおりません。それを不幸だと思っていません。働くのは嫌いじゃないですし。薬草の仕事も楽しいですし」

「……だが」

 同情の色が混じった視線を向けられる。シエルがどう思おうが、この屋敷ではそうなのだ。
ノエリアは、乱れているかもしれない髪を手で撫でつけた。ふと見た爪の先が欠けている。それを隠すように握りこむ。こんなところ見えないのに。

「その、わたしがお世話をするのはお嫌かもしれませんが……」

「なぜ?」

「なぜって……その、こんな汚い女では。王宮にはきっと美しいひとたちが」

「う、美しいではないか」

 シエルが発した言葉に耳を疑う。ノエリアはシエルを真っすぐに見た。冗談かからかっている様子はなかった。

「きみは、美し、い、と思う……」

 最後のほうは口を隠してしまい、よく聞こえない。耳を真っ赤にしている。

(きっと、慣れないお世辞を言ってくださったのだ。陛下なりの優しさなのかもしれない)

 ノエリアは恥ずかしさと動揺でスカートを握りしめた。

「あ、ありがとうございます。わたしには身に余る、勿体ないお言葉です」

「いや、俺は」

「わたしのことは、お気になさらず。では、失礼いたしますね」

 そう言い残し、部屋を出る。閉めたドアのノブを掴む腕を見ると、袖が解れていた。

(同情されたくはない。みじめだとも思っていないのだから)

 欠けた爪も解れた袖も隠したくて、きゅっと握る。ノエリアは背筋を伸ばして、外へ出て行った。


 畑へ向かう。野菜を植えてある場所、薬草の場所。虫などの影響が無いかを調べ、成長具合もチェックする。土の状態も大事だ。いつものことだが、ノエリアの手はあっと言う間に土で汚れた。

 シエルの部屋から畑が見えるだろう。眠っているか、起きているか分からないが、なるべく彼の部屋の窓を見ないように作業を続けた。泥だらけになって畑で働く貴族の娘などいないだろう。シエルにとっては使用人かメイドのように、汚れながら仕事をしているように見えるのかもしれない。でも、これは紛れもない自分なのだ。

 若く美しい国王が屋敷にいる。期間限定でもおそばに控えることができる。それだけで名誉なことではないのか。彼の目に自分がどう映ろうと、関係ない。

(王宮には、彼の回りには、きっと美しく着飾った女性たちが、たくさんいるはず)

 荒れた手、乱れた髪の毛、紅を乗せない唇。流行遅れの服の袖は解れている。どれだけみすぼらしく見えるだろうか。おまけに屋敷は大きいだけで幽霊屋敷のよう。

(おかしいわ。どうしてそんな風に思うの)

 いままでこんな感情を持ったことが無かった。まるで腹の中が捲れるような苦い感情が湧き上がってくる。

『きみは美しい』

(関係ない。怪我が治ったら出ていくのだから。王都へ戻るのだから)

 ノエリアは頭を振る。余計な考えを振り切るように、畑の作業に没頭した。



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