国王陛下の庇護欲を煽ったら、愛され王妃になりました
「ノエリアお嬢様―!」
遠くから聞こえるマリエの声に気付き、ノエリアは顔を上げた。どれぐらい時間が経ったのだろうか。気付けば日が傾こうとしている。蹄の音も軽快に、馬がリウとマリエを乗せて敷地内に入ってきた。ドドッという足音を立てて止まり、嘶いた馬のぺルラはひと仕事終えて誇らしそうに見える。
「おかえりなさい!」
「ただいま帰りました!」
マリエの元気な笑顔が弾ける。ノエリアもふたりが無事に帰り、嬉しかった。
「道中、何事もなかったですか?」
「意外と道の泥濘も少なかったのです。ね、マリエ殿」
「そうでしたね。よかったです」
リウとマリエは打ち解けて雰囲気よく過ごしていたようだ。ノエリアは安心する。
「リウ様には大変よくしていただいて。たくさん買い物もできましたよ。お嬢様」
「まぁ、こんなにたくさん……? と、話はあとにしましょう。リウ様もお休みになって」
荷物が思ったより多く、三人で馬から降ろし、屋敷に運んだ。ひとまずダイニングへ運び入れ、荷を解くと、肉や卵、果物などたくさんの食材だった。葡萄酒もある。
そこへ、ヴィリヨが現れた。
「お帰りなさいませ。リウ様」
ヴィリヨとリウは握手を交わす。ヴィリヨも着席したのでマリエが急いでお茶を用意する。
「僕の分はいいよ、マリエ。きみもお疲れ様。疲れたろう」
「いいえ。一番はリウ様です」
ヴィリヨの気遣いに微笑むマリエだったが、お茶を用意してくれた。テーブルにずらりと並んだ食べ物に、ヴィリヨも驚いている。
「荷物。重かったでしょうに」
ノエリアは葡萄酒の瓶を持ち上げた。リウは外套を外しながら着席する。
「その、リウ様が買ってくださって」
「えっ!!」
ノエリアが驚いてリウを見る。ヴィリヨも同じ反応だった。息を吐いたリウはにっこり笑った。
「手持ちの資金がありましたから。少しばかりですよ」
「いけません。こんな施しを受けるなど」
「いいえ。陛下の傷の状態が良くなるまでしばらく世話になるのですから、これぐらいはしないと」
リウの言葉に、ハッとなる。
「し、しばらく? そ、そうなのですか」
「はい。今朝、伯爵とお話したのです」
いつの間にそんな話をしたのかと思ったが、ここの主人はヴィリヨなので従うことにする。ノエリアは別に文句があるわけでもなかった。
「ノエリアに話すのが遅れてすまない」
「いいえ。お兄様の決めたことですから異存はありません」
(まだ、陛下はここにいらっしゃることになるのね)
ノエリアはなんだかソワソワと心が騒いだ。栄養のあるもので怪我をしっかり治さないと。一日も早い回復を祈る。
「あっ、そうだ」
ノエリアは大事なことを思い出す。リウとマリエの帰宅であれこれ動いたので、伝えるのを忘れている。
「あの、シエル陛下は目覚めていらっしゃいます。食事もされました」
「そうですか! ああ、良かった!」
心底ホッとした様子のリウだった。
「少し微熱があるようなのですが、立ち上がって動くこともできます。お強いですね。しかし、片腕が不自由ですので、食事のお手伝いなどはわたしが……」
人手が足りないのだ。シエルに『貴族なのにメイドのように』と言われたことが気になって仕方がないのだけれど。
「あなたが? 陛下が、それでいいと?」
「……はい。というか、止めてほしいとは言われていません」
「そうですか」
意外そうに目を瞬かせるリウだった。
(なにか、おかしいことを言っただろうか)
そのあと、ヴィリヨとリウは村の様子などを話していた。持ち帰った新聞を広げて読んでいる。邪魔にならないよう見ていたノエリアにマリエが耳打ちした。
「先程言えなかったのですが、リウ様、薬局からの売上に手を付けないでとおっしゃってくださって」
マリエが封筒をノエリアに差し出した。中には薬局からの支払明細とお金が入っていた。
「そのまま持ち帰りました」
「なんでことでしょう……。わかりました。お兄様には後程、わたしから報告します」
ノエリアは封筒を懐に仕舞う。リウの心遣いをありがたく思った。
「村は、異常が無くてよかった。我々を襲った山賊が辿り着いていたらと思っていたのですが」
リウがヴィリヨに話しているのを、ノエリアは引き続き聞いている。勿論、様子を見て席を外さなければならないようだったらそうするつもりだった。
「昨日から特別変わったことはないらしい。物流が滞っていることも無く。マリエ殿の郵便屋のお友達が丁寧に教えてくれました」
リウがマリエにそう言って微笑む。ということは、マリエは彼に会えたのだ。きっとリウもマリエと郵便屋の彼との関係に気付いたかもしれない。
「少し村を見て回りたかったので、ヒルヴェラの遠い親戚ということにして薬局の主人とも話をしました。特に変わったことはない様子ですね」
「このあたりは、山賊による被害は報告されていないかったため、油断していたところもありました。シエル陛下と俺の隊、騎士団長が率いる隊と二手に分かれていましたが、俺たちの隊が襲撃されました。というより……陛下を狙ってきたようなのです」
「まぁ、怖い」
ノエリアは口を押さえる。
「お立場上、そういうことも今までなかったわけではありませんから……」
リウは眉間に皺を寄せてため息をついた。
「はぐれた隊は戻ってくれているはずだが。緊急事態は山を降りることとなっているので」
森の中にずっと潜伏させるわけにはいかないだろう。ノエリアは騎士団の無事も祈らずにはいられない。
「とりあえず、陛下は無事だという手紙を郵便屋に頼みました。王宮に走ってもらっています」
リウが言うとヴィリヨが頷いた。
「お疲れさまでした。今日のところは部屋でお休みください」
「7時に夕食となります。万が一、シエル陛下の容体が変わるなどしましたらすぐにお呼びください」
ヴィリヨに続いてノエリアも声をかけた。リウは「ありがとう」と答えると、席を立ちダイニングを出て行った。