国王陛下の庇護欲を煽ったら、愛され王妃になりました
ノエリアとマリエは、食材を何日分になるか計算し、保存できるものと日持ちしないものに分けた。そのままでは日持ちしないけれど、加工し保存できるものもある。あれこれ話し合い、そして、夕食の支度に取り掛かる。
卵と肉で、ボリュームのあるメニューを考えた。薬草焼きにした豚肉、じゃがいもを潰したスープ。卵は牛乳と蜂蜜を混ぜて蒸し、プリンにした。薬草と蜂蜜のクッキーも作る。
それらをワゴンに乗せ、シエルたちの部屋に運ぶ役目はノエリア。自然とそうなってきている。ワゴンも床も、気持ちもキシキシと鳴っていた。そして、ドアをノックする。
「夕食をお持ちしました」
「どうぞ」
リウの声だった。
ノックするとき、手が震えてしまったのは、シエルが寝ているのではないかと思ったから。部屋に入ると、シエルは起きていて、本を読んでいた。ベッドサイドにたくさん本が積まれている。村で買ってきたのだろか。
「伯爵に本をね、お借りしたのです」
「そうでしたか。兄は読書が好きなので。わたしも好きです」
シエルがなにを読んでいるのか気になった。ワゴンを運びながら、チラリと見ると、シエルは本をパタリと閉じてしまった。眉間に皺が寄っている。
(なんか、怒っている?)
「本でも読まないと、退屈だからな」
「陛下も本が好きですよね」
「……余計なことを言うな、リウ」
言われてしまったリウは手を挙げておどけるようにして、席を立つ。夕食をセットするノエリアを手伝ってくれた。
「わたしがしますので、リウ様」
「あなたも伯爵の妹君です。本来ならこんな仕事をさせられないのです」
「でも……」
(そんなことを言ったら余計、国王の側近であるリウに雑用などしてもらっては困る)
身分が違い過ぎる。しかし、リウはノエリアが止めるのも聞かず手伝ってくれる。これぐらいどうってことないのに。昼間の様子から考えると、シエルになにか言われたのだろうか。
「手伝って貰えばいい。リウは、頼れる男だ」
シエルはゆっくり起き上がり、ベッドから足を降ろした。歩かなくても食事をできるように、テーブルセットはベッドに寄せてある。
「なんなりと。力仕事もお任せください」
リウは腕を振り上げた。にっこり笑うので、ノエリアも笑顔になる。
「陛下も、できることはご自分でなさってくださいね」
「なんだ、やっているじゃないか。普段から」
「ノエリア殿、シエル陛下は手のかかるお人ではないのでご安心を」
「リウ、だからお前、余計なことを」
リウが、ノエリアがグラスに注いだ葡萄酒をシエルの前に出した。
「一部の人間にしか心を許さないあなたが、ノエリア殿とこうしてお話をされていることを、俺は嬉しく思いますよ」
「リウ!」
顔を赤くしてリウを制するシエル。どう見てもシエルをからかっているようにしか見えないリウ。ふたりの関係性は、国王と側近というものではなく、なんだか兄弟みたいだなとノエリアは思った。
「……まったく。お前は余計なことばかり言う」
「何事にも余計なぐらい気を配るのも俺の仕事ですよ、陛下」
シエルの向かいにリウは着席した。きちんと自分の分を用意していた。ノエリアはワゴンを邪魔にならないような場所に停める。
「美味しそうですね。陛下」
リウの問いかけにシエルは無言のまま、まず、じゃがいものスープをひとくち飲んだ。片手でも、大丈夫そうだ。豚肉の薬草焼きもひとくちサイズに切ってある。
「……美味しい」
(不機嫌そうに……美味しいならもっと笑顔で食べればいいのに)
ノエリアは引きつった笑顔で「ありがとうございます」と答えた。
「ノエリア殿もマリエ殿も料理が上手ですね。王宮の料理人顔負けだ」
「それは言い過ぎです。でも、ありがとうございます。いつもはあるものでやり繰りしているのですけれど。初日のメニューなどおふたりにはちょっと食べ足りなかったと思います」
「そんなことはありませんよ」
リウが答えてくれる。どこまでも優しいひとだ。
王宮ではもっと豪勢な食事をしているに違いないのだから。とはいえ、屋敷にいる間は庶民の味で過ごして貰わないといけない。ノエリアはシエルに報告しようと向き直る。
「村で、リウ様に食材を買っていただきました。薬草の売上を使わずに持ってきていただいて。ありがとうございました」
「そうか」
シエルはノエリアを見ない。耳だけ傾けているようだ。
(このままいたのでは、おふたりの食事の邪魔ね。陛下にお礼も言えたし。ダイニングに行こうかしら)
ノエリアは、小さな溜息をついて、ふたりに声をかける。
「一度失礼します。デザートを、食後にお持ちしますね」
果物が数種類あったので、それをデザートとして用意してあるのだ。お茶もある。
「ありがとうございます。ノエリア殿は、夕食はこれからですか?」
「はい」
ダイニングに、マリエが食事を用意してくれているだろう。彼女も疲れているのだろうから、早く休ませてあげたい。
「……きみも、一緒に」
「え?」
シエルの声だ。振り向くと、リウが驚いた様子。シエルが葡萄酒のグラスを持って固まっている。そのグラスをぐっと飲み干すと、ゴンと音を立ててテーブルに置く。
「食後のお茶とデザート、きみも一緒に、どうかと言ったのだ」
一瞬、なにを言われているのか理解ができなかったノエリアだったけれど、数秒の間に脳みそがキュルキュルと反応した。途端に鼓動も早くなる。
(え、ええ!)
自分で言ったくせに、シエルは目を合わせてくれないので、ノエリアはリウを見る。するとリウは優しい表情で静かに頷いた。言うとおりに。ノエリアはそのような意味に受け取った。
「承知しました……喜んで。で、では、のちほど……失礼します」
舌を噛みそうだ。
緊張なのか分からない感情に揺さぶられていて、ドアを閉める手が震えていた。