国王陛下の庇護欲を煽ったら、愛され王妃になりました
 ノエリアは、スカートをたくし上げて大急ぎでダイニングに滑り込む。その様子に、スープ皿を用意していたマリエが驚いていた。

「ノエリア様、そんなに急いでいかがされましたか……」

「ああ、マリエ。どうしましょう」

「スカートを上げ過ぎでおみ足が出ています! はしたないですよ!」

 マリエに言われて焦り、ノエリアはスカートから手を放す。

「どうなさったのですか? そんなに慌てて」

「陛下に、食後のお茶に誘われたの。行ってくる」

「あらまぁ。素敵ですね……」

 マリエは頬に手を当て、目を丸くした。そしてなぜかニヤリとした笑みを浮かべる。

(その悪そう笑顔はいったいどうしたというの……)

 なんだか怖かったので、ノエリアは黙っていた。すると、ポンと手を叩きマリエが動き出した。

「では、デザートとお茶をご準備しますので、ノエリア様は夕食を召し上がってください。あれですね、最初から陛下と夕食をされれば良かったですね。わたくしとしたことが、気が利かず」

「いいえ、いいのよ。陛下は退屈だから声をかけてくださったのでしょうから」

 ソワソワとした足取りでテーブルを回り込むマリエは、ノエリアの話を聞いていないような気がする。ノエリアは着席し、葡萄酒をぐっと飲んだ。とりあえず落ち着きたい。空腹だったはずなのに、少ししか夕食が入らない。

「マリエは?」

「わたくしはこれから食べます」

「疲れているでしょう。夕食を済ませたら部屋で休んで。」

「ありがとうございます。少々腰も痛いので……そうさせていただきます」

 今夜、急いでやらなければいけないことも無かったはず。ノエリアは夕食を半分食べたところで止めた。

「紅茶は一番いいやつにしましょう」

「そうですね。果物は林檎とこれでよろしいでしょうかね。先ほど焼いた蜂蜜のクッキー。スコーンも焼けば良かったですね。ああ、ジャムと蜂蜜も……陛下は甘いものはお好きなのでしょうか」

 バタバタとあれこれ持ってきてトレーに乗せている。食後のデザートでそんなに山盛りにして持っていっても食べられないと思うのだけれど、マリエの心遣いが嬉しかったので、そのまま持っていくことにする。

「そ、それでいいわ。ありがとう」

 マリエが後片づけをするというので甘え、ティーセットとクッキー、果物が山盛りになったトレーをワゴンに乗せ、ノエリアはシエルたちの部屋へ向かった。
 ソワソワと変な気分だ。『……きみも、一緒に』とシエルが誘ったことは、ノエリアの感情を乱すにはじゅうぶんだったから。

(陛下は、退屈だからわたしを呼んだのよ)

 それでなければ、どうだというのか。見当もつかない。
社交界デビューもできず、着飾ることもできない。男性に甘い言葉をかけられたこともない。そんな田舎の貧乏貴族の娘が、国王陛下からお茶に誘われるなど、退屈しのぎでなければありえない。

(浮かれて失礼のないようにしなくちゃ)

 そう思ったとき、ノエリアはこのソワソワと落ち着きない感覚は嬉しさから来るのだと分かった。

(そうだよね……嬉しい。国王陛下から誘われたのだもの。理由がどうであれ、嬉しい)

 ノエリアは、美しい横顔を思い出す。なんだかそれだけで落ち着かなくなる。そうだ。嬉しいし名誉なことだ。それならば、少しでも楽しい時間を過ごして貰おうと思うノエリアだった。
 ドアをノックする。リウの返事が聞こえたので、ドアを開ける。

「お待たせしました。お茶のご用意が……」

 ワゴンを押し入れようとすると、リウが駆け寄ってきて手伝ってくれた。

「大丈夫ですよ。早くこちらへ。陛下もお待ちです」

 リウはノエリアの背中を押して部屋に入れる。ワゴンも運んでくれた。ベッドにいるシエルを見ると、また本を開いていた。ノエリアを一瞥して本を閉じる。

「待っていたわけでは……」

「お誘いしたのは陛下ですよ」

 リウはノエリアを急かし、自分とシエルの間に席を用意してくれた。ノエリアは、果物が山盛りになった皿と、クッキー、ティーセットをテーブルに置く。茶葉をポットに入れお湯を注ぐと良い香りが立ち上った。ここで一番良い茶葉を持って来た。王宮で飲んでいるものとは比べ物にならないだろうけれど。

「これはまた豪勢なデザートですね」

 リウがクスリと笑う。

「マリエが準備してくれました」

「お茶だけでよかったのに。無理をさせてしまっただろうか……」

 シエルがテーブルに並べられたものを見て、静かに言った。

(シエル陛下は黙っていると怒っているように見えるから、損をしているのよね)

 このように、ひとを気遣える心優しいひとなのに。ヴィリヨやリウは優しげなのでひとつ微笑みを浮かべただけで心和むのだけれど。

「いいえ、そんなことありません。ただ茶葉は一番上等なものをお持ちしましたが、王宮にあるようなものにはほど遠いかもしれません。そこは申し訳ありませんが……」

 ノエリアは申し訳なさそうにカップへお茶を注いだ。

「俺は、そんなことは気にしない」

 華やかな香りを放つカップを、シエルとリウの前に出す。それからノエリアはおずおずとふたりの間に着席した。シエルの右側に。
 リウはクッキーを摘み「うん、美味しい」と呟き、シエルは黙ってお茶を飲む。ノエリアも、緊張しつつカップに口をつけた。

「陛下、クッキー美味しいですよ。なんか刻んだ葉っぱが入っている。あ、分かったぞ」

 リウは人差し指を立てて答える。

「薬草入り」

「当たりです」

「こんなクッキー初めて食べた」


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