国王陛下の庇護欲を煽ったら、愛され王妃になりました
(リウ様は自然と話題を振ることができるひとなのね。この場にいてくれて本当に助かる)
ノエリアはリウに、クッキーの材料を説明した。
「蜂蜜も入っているのですが、ほんの少し苦みもあるので、もっと甘さを足したい場合はこの苺ジャムをつけて食べるのもお薦めです」
スプーンを差したジャムの瓶を差し出した。
「あの、陛下は甘いものお好きでしたよね」
お茶にジャムを入れて飲んだので、こちらも食べられるだろう。
「……ありがとう」
ジャム付きクッキーを、シエルは怪我をしていない右手で取って齧った。咀嚼したあとにふっと表情が緩む。
「……ジャムも美味しいな」
「良かったです」
ノエリアはホッとする。質素なクッキーなのだけれど、美味しいと思って貰えるのは嬉しい。それに、きちんと食べて貰わないと傷の治りも遅くなる。
「陛下は、紅茶にジャムを入れるのもお好きですしね」
「苺じゃなくて林檎のジャムだ」
(どっちも甘いことには変わりないじゃないの)
シエルとリウのやり取りを聞いてノエリアはクスッと笑ってしまう。それに対してシエルが少々むっとした顔をして言う。
「なんだ。なにが可笑しい」
「いいえ、すみません。では陛下。明日はケーキを焼きますね」
「ケーキ?」
「はい。果物をたくさん買っていただいたし、卵もあります。あ、ですが、王宮で出されるような……」
そこまで言うと、シエルがノエリアの唇の前に人差し指を立てる。
「もうそれは言わないように。俺はここで世話になる。王宮は王宮、こちらの屋敷のものと違うからと文句をつけるような、そんな人間だと思わないで欲しいのだが」
ノエリアはハッとする。
「それに、自分を卑下するものではない。きみが意識していなくても、そう聞こえる」
(恥ずかしい。自分でも気付かぬうちに自分を卑下していたのね)
「ヒルヴェラ家は立派なのだから」
「はい。そうですね。ありがとうございます」
ノエリアが言葉を返すと、シエルはふっと表情を緩めた。
左目が見えないなんて、微塵も感じさせない振る舞い。冷酷だとは言われているが、それは外見のせいであって、中身まで冷たいわけじゃない。ノエリアは、自分の感情が深々と降り積もるような感覚に陥った。
「陛下、痛みはいかがです」
「痛みでうずくまるようなことはないな。手当てがよかったのだと思う」
「熱も大丈夫そうですね」
ホッと胸を撫で下ろすノエリアとリウだった。
「命を狙われることなど、慣れている。兄が亡くなってから」
シエルが怪我をした腕をさする。その姿がなんだか悲しくて、ノエリアは胸が痛んだ。
(そんなものに慣れるなんて)
「狙われても、こうして生きている。悪運が強いのは子供の頃からだな」
ふっと鼻で笑うシエル。まるで生きていた、助かったことを幸せだと思っていない。
(わたしには自分を卑下するなと言うのに、どうして自分のことをそんな風に言うのかしら)
「この腕の怪我だって、ひとつ間違えば切り落とされていたかもしれない。そんな体じゃ国王でいられなかっただろうな」
自嘲気味に言ったシエル。山賊は国王目がけて襲ってきたと聞いたから、腕どころか命も。そう考えるとノエリアは胸が苦しくなった。
(屋敷に辿り着く前に命を落としていたら、こうして会うことも無かったでしょう)
「この目を怪我したときも、命があるだけ良かったと思えと、父上に言われた」
ノエリアは耳を疑った。前国王のその言葉から優しさは受け取れないと思った。
「そんな言い方……見えなくなってしまったというのに?」
「きみがそんな顔をしなくてもいい」
なぜそんな顔をするのかとでも言うようなシエルだった。ノエリアは目を逸らす。
「俺は、この国ドラザーヌの国王だ」
不慮の事故で傷を負い、命を狙われ続けてもなお君臨する若き隻眼の国王。
ノエリアは、彼がどれだけの責務で生きているのか想像もつかなかった。
ノエリアはリウに、クッキーの材料を説明した。
「蜂蜜も入っているのですが、ほんの少し苦みもあるので、もっと甘さを足したい場合はこの苺ジャムをつけて食べるのもお薦めです」
スプーンを差したジャムの瓶を差し出した。
「あの、陛下は甘いものお好きでしたよね」
お茶にジャムを入れて飲んだので、こちらも食べられるだろう。
「……ありがとう」
ジャム付きクッキーを、シエルは怪我をしていない右手で取って齧った。咀嚼したあとにふっと表情が緩む。
「……ジャムも美味しいな」
「良かったです」
ノエリアはホッとする。質素なクッキーなのだけれど、美味しいと思って貰えるのは嬉しい。それに、きちんと食べて貰わないと傷の治りも遅くなる。
「陛下は、紅茶にジャムを入れるのもお好きですしね」
「苺じゃなくて林檎のジャムだ」
(どっちも甘いことには変わりないじゃないの)
シエルとリウのやり取りを聞いてノエリアはクスッと笑ってしまう。それに対してシエルが少々むっとした顔をして言う。
「なんだ。なにが可笑しい」
「いいえ、すみません。では陛下。明日はケーキを焼きますね」
「ケーキ?」
「はい。果物をたくさん買っていただいたし、卵もあります。あ、ですが、王宮で出されるような……」
そこまで言うと、シエルがノエリアの唇の前に人差し指を立てる。
「もうそれは言わないように。俺はここで世話になる。王宮は王宮、こちらの屋敷のものと違うからと文句をつけるような、そんな人間だと思わないで欲しいのだが」
ノエリアはハッとする。
「それに、自分を卑下するものではない。きみが意識していなくても、そう聞こえる」
(恥ずかしい。自分でも気付かぬうちに自分を卑下していたのね)
「ヒルヴェラ家は立派なのだから」
「はい。そうですね。ありがとうございます」
ノエリアが言葉を返すと、シエルはふっと表情を緩めた。
左目が見えないなんて、微塵も感じさせない振る舞い。冷酷だとは言われているが、それは外見のせいであって、中身まで冷たいわけじゃない。ノエリアは、自分の感情が深々と降り積もるような感覚に陥った。
「陛下、痛みはいかがです」
「痛みでうずくまるようなことはないな。手当てがよかったのだと思う」
「熱も大丈夫そうですね」
ホッと胸を撫で下ろすノエリアとリウだった。
「命を狙われることなど、慣れている。兄が亡くなってから」
シエルが怪我をした腕をさする。その姿がなんだか悲しくて、ノエリアは胸が痛んだ。
(そんなものに慣れるなんて)
「狙われても、こうして生きている。悪運が強いのは子供の頃からだな」
ふっと鼻で笑うシエル。まるで生きていた、助かったことを幸せだと思っていない。
(わたしには自分を卑下するなと言うのに、どうして自分のことをそんな風に言うのかしら)
「この腕の怪我だって、ひとつ間違えば切り落とされていたかもしれない。そんな体じゃ国王でいられなかっただろうな」
自嘲気味に言ったシエル。山賊は国王目がけて襲ってきたと聞いたから、腕どころか命も。そう考えるとノエリアは胸が苦しくなった。
(屋敷に辿り着く前に命を落としていたら、こうして会うことも無かったでしょう)
「この目を怪我したときも、命があるだけ良かったと思えと、父上に言われた」
ノエリアは耳を疑った。前国王のその言葉から優しさは受け取れないと思った。
「そんな言い方……見えなくなってしまったというのに?」
「きみがそんな顔をしなくてもいい」
なぜそんな顔をするのかとでも言うようなシエルだった。ノエリアは目を逸らす。
「俺は、この国ドラザーヌの国王だ」
不慮の事故で傷を負い、命を狙われ続けてもなお君臨する若き隻眼の国王。
ノエリアは、彼がどれだけの責務で生きているのか想像もつかなかった。