国王陛下の庇護欲を煽ったら、愛され王妃になりました
「悪い輩は短絡的に、陛下の命を取れば自分がのし上がることができると考える。我々側近、騎士団長も陛下に忠誠を誓ってお守りしているのです。今回は……不徳の致すところですが」
「俺の不注意だ。リウのせいじゃない。そもそも、国境警備団の野営地に乗り込んでくるなど、行程が分かっていたとしか思えないのだが」
「俺もそれは思っていたのです」
ふたりの会話を、ノエリアは黙って聞いていた。
「怖い話を聞かせてしまった。すまない」
「いいえ……」
(話を聞いているだけのわたしより、陛下とリウ様、国境警備団の皆様のほうが恐怖を感じただろうに)
どういう顔をしていいのか分からず、ノエリアはうつむいた。
「陛下はね、我々が叶わないほど剣の腕が立つのですよ」
「リウだって国一番の腕前だと思うぞ。子供の頃は、まったくリウに敵わなかったし」
シエルに、にこやかに頷くリウ。そしてリウの視線はすっとノエリアに注がれる。
「陛下の目は、俺のせいなのです」
「リウ、違うだろう。剣に細工がしてあった」
驚いた。ノエリアはシエルの顔を見る。顔というか、左目の傷を見た。違うのだ、とシエルは訂正する。
「リウとの練習中に、俺の剣が折れて顔に飛んできたのだ。折れるよう細工がしてあったらしくてな」
「気付かなかった俺の責任です。細工をした犯人は分からずじまいでしたが、陛下に怪我をさせるつもりだったのでしょう」
ノエリアは再び言葉を無くす。
父親には厳しい言葉を投げられ、そして命を狙われる少年時代。現在もそれは変わらない。国王となっても、常に危険と隣り合わせ。
それなのに、ノエリアを見る緑色の瞳は優しい。冷たくて、優しいのだ。黙っているノエリアに、シエルが言葉をかける。
「こんな話を聞かせるつもりじゃなかった。すまない」
「そんな、どうして謝るのですか」
謝って欲しくなどなかった。
(やはり、陛下はお優しい)
「陛下の少年時代のお話を聞くことが出来て、わたしは嬉しいです」
そう言うと、シエルが目を細める。笑顔が下手だ。でも、気持ちを和らげてくれようとしているのは理解できた。
「あっ、カップが空でしたね。おかわりお持ちしましょう」
「いや、いい」
ポットに手を伸ばすノエリアを制し、シエルは自身の黒髪を掻き上げた。ノエリアはその仕草に一瞬鼓動が早まったのを感じた。
(いまの、なんだろう)
胸に手を当てて、深呼吸してみる。首を傾げるノエリアだった。
「少し喋り過ぎたな。俺はそろそろ休ませて貰おう」
シエルは体をベッドに戻した。ついおしゃべりに夢中になって、時間が経つのを忘れていた。怪我人なのだから無理をさせてはいけない。ノエリアはカップなどをワゴンに片付けた。
「それは明日片付ければいいだろう。きみも休みなさい。リウ、彼女を部屋まで送ってあげてくれ」
「かしこまりました」
「そんな、すぐそこです」
シエルとリウがここへ来た当日は隣室に控えていたが、ノエリアには二階に自室がある。同じ屋敷内だというのに、リウに送って貰うなんて。辞退しようと思ったのだが、リウに促されて部屋から出た。
「すみません……こんな」
「お気になさらず」
リウはにっこり微笑んだ。きしむ廊下をふたりで進む。
ヴィリヨは眠っただろうか。マリエも部屋でゆっくり疲れを取っているだろうか。そして、時分が帰ったあとシエルに安らぐ眠りを得られるよう、ノエリアは心で祈った。
「陛下は、不器用で誤解されやすいのですが、心の優しい方です。少し硝子細工のようなところもあるのですが」
「ええ。シエル陛下は、とてもお優しいです。目を見れば分かります。怖くはありません。悲しく辛い過去をお持ちなのですね。怪我で左目が見えないのに、よくぞ立派に国王を努めていらっしゃいます」
「そのように、本人に言って差し上げてください」
「わたしなどに言われても……」
「陛下にとって、ノエリア殿はどうも特別なようですよ」
「まさか、リウ様ったらご冗談を。こんな婚期を逃した田舎者に、陛下ともあろうお方が」
これは卑下をしたのではなく、謙遜だ。お茶に誘われたからといって、調子に乗ってはいけない。
「ここにいる間は、安心して過ごしていただきたいです。傷が良くなり、陛下が一日でも早く王都へ帰ることができますように」
ノエリアは心からそう思っていた。
リウに送り届けられ、ノエリアは礼を言い、ドアを閉めた。
寝間着に着替え、鏡台の前に座る。
纏めていた髪を解いて梳かす。そして、引出から髪飾りと、最近はあまり使わなくなった口紅を取って並べる。数は多くない。再び鏡の中の自分を見た。
(シエル陛下には、どう映っているのかな。わたしは)
溜息をついて、窓辺に設置されたベッドへ移動する。横になると、細く開けたカーテンから月が見えていた。
(明日、ケーキを作る。美味しいと言って食べてくださったら嬉しいな……)
明日のことを考えると胸躍るようだ。こんな気持ちは久しぶり。
あれこれと考えていると、次第に、思考がゆっくりと流れ始める。ノエリアにも、すぐに眠りが訪れた。
「俺の不注意だ。リウのせいじゃない。そもそも、国境警備団の野営地に乗り込んでくるなど、行程が分かっていたとしか思えないのだが」
「俺もそれは思っていたのです」
ふたりの会話を、ノエリアは黙って聞いていた。
「怖い話を聞かせてしまった。すまない」
「いいえ……」
(話を聞いているだけのわたしより、陛下とリウ様、国境警備団の皆様のほうが恐怖を感じただろうに)
どういう顔をしていいのか分からず、ノエリアはうつむいた。
「陛下はね、我々が叶わないほど剣の腕が立つのですよ」
「リウだって国一番の腕前だと思うぞ。子供の頃は、まったくリウに敵わなかったし」
シエルに、にこやかに頷くリウ。そしてリウの視線はすっとノエリアに注がれる。
「陛下の目は、俺のせいなのです」
「リウ、違うだろう。剣に細工がしてあった」
驚いた。ノエリアはシエルの顔を見る。顔というか、左目の傷を見た。違うのだ、とシエルは訂正する。
「リウとの練習中に、俺の剣が折れて顔に飛んできたのだ。折れるよう細工がしてあったらしくてな」
「気付かなかった俺の責任です。細工をした犯人は分からずじまいでしたが、陛下に怪我をさせるつもりだったのでしょう」
ノエリアは再び言葉を無くす。
父親には厳しい言葉を投げられ、そして命を狙われる少年時代。現在もそれは変わらない。国王となっても、常に危険と隣り合わせ。
それなのに、ノエリアを見る緑色の瞳は優しい。冷たくて、優しいのだ。黙っているノエリアに、シエルが言葉をかける。
「こんな話を聞かせるつもりじゃなかった。すまない」
「そんな、どうして謝るのですか」
謝って欲しくなどなかった。
(やはり、陛下はお優しい)
「陛下の少年時代のお話を聞くことが出来て、わたしは嬉しいです」
そう言うと、シエルが目を細める。笑顔が下手だ。でも、気持ちを和らげてくれようとしているのは理解できた。
「あっ、カップが空でしたね。おかわりお持ちしましょう」
「いや、いい」
ポットに手を伸ばすノエリアを制し、シエルは自身の黒髪を掻き上げた。ノエリアはその仕草に一瞬鼓動が早まったのを感じた。
(いまの、なんだろう)
胸に手を当てて、深呼吸してみる。首を傾げるノエリアだった。
「少し喋り過ぎたな。俺はそろそろ休ませて貰おう」
シエルは体をベッドに戻した。ついおしゃべりに夢中になって、時間が経つのを忘れていた。怪我人なのだから無理をさせてはいけない。ノエリアはカップなどをワゴンに片付けた。
「それは明日片付ければいいだろう。きみも休みなさい。リウ、彼女を部屋まで送ってあげてくれ」
「かしこまりました」
「そんな、すぐそこです」
シエルとリウがここへ来た当日は隣室に控えていたが、ノエリアには二階に自室がある。同じ屋敷内だというのに、リウに送って貰うなんて。辞退しようと思ったのだが、リウに促されて部屋から出た。
「すみません……こんな」
「お気になさらず」
リウはにっこり微笑んだ。きしむ廊下をふたりで進む。
ヴィリヨは眠っただろうか。マリエも部屋でゆっくり疲れを取っているだろうか。そして、時分が帰ったあとシエルに安らぐ眠りを得られるよう、ノエリアは心で祈った。
「陛下は、不器用で誤解されやすいのですが、心の優しい方です。少し硝子細工のようなところもあるのですが」
「ええ。シエル陛下は、とてもお優しいです。目を見れば分かります。怖くはありません。悲しく辛い過去をお持ちなのですね。怪我で左目が見えないのに、よくぞ立派に国王を努めていらっしゃいます」
「そのように、本人に言って差し上げてください」
「わたしなどに言われても……」
「陛下にとって、ノエリア殿はどうも特別なようですよ」
「まさか、リウ様ったらご冗談を。こんな婚期を逃した田舎者に、陛下ともあろうお方が」
これは卑下をしたのではなく、謙遜だ。お茶に誘われたからといって、調子に乗ってはいけない。
「ここにいる間は、安心して過ごしていただきたいです。傷が良くなり、陛下が一日でも早く王都へ帰ることができますように」
ノエリアは心からそう思っていた。
リウに送り届けられ、ノエリアは礼を言い、ドアを閉めた。
寝間着に着替え、鏡台の前に座る。
纏めていた髪を解いて梳かす。そして、引出から髪飾りと、最近はあまり使わなくなった口紅を取って並べる。数は多くない。再び鏡の中の自分を見た。
(シエル陛下には、どう映っているのかな。わたしは)
溜息をついて、窓辺に設置されたベッドへ移動する。横になると、細く開けたカーテンから月が見えていた。
(明日、ケーキを作る。美味しいと言って食べてくださったら嬉しいな……)
明日のことを考えると胸躍るようだ。こんな気持ちは久しぶり。
あれこれと考えていると、次第に、思考がゆっくりと流れ始める。ノエリアにも、すぐに眠りが訪れた。