国王陛下の庇護欲を煽ったら、愛され王妃になりました
 精悍な容姿が誤解を招くとは皮肉なものだ。笑顔はとても魅力的なのだけれど。

「父上に、厳しく育てられた。兄が亡くなってから余計に。そのせいか、笑うことが苦手でな」

 シエルは、カップのお茶にひとくち飲んで、話を続けた。

「7歳離れた兄が、優秀だったんだ。父上も母上も、とても期待をかけていた。だから、兄が病に倒れ亡くなったとき、母上は見ていられないほどに嘆き、その心労がもとで兄を追うように亡くなった。母上にとっては兄がすべてだった」

「シエル陛下がいらっしゃるのに、ですか」

「父上も母上も、俺のことなど眼中に無かったよ」

 自嘲気味な笑みを浮かべるシエル。

「そんなとき、かまってくれたのは、きみのお爺様、カリッツォだったよ」

 祖父を名前で呼んでいたことを断ってから、シエルは柔らかな表情でまた話を続ける。祖父のことを優しい眼差しで話すから、嬉しかった。

「兄は13歳で亡くなった。カリッツォが王宮に出入りしていたときによく訪ねてくれたんだ。父上が懇意にしていたらしい」
「祖父が亡くなったのは、わたしがとても小さい頃なので、面差しを覚えているくらいです。父も、昔のことはあまり話さずに亡くなったので詳しくはないのですが、祖父が爵位を有していたとき王宮に出入りがあったことは聞いていました」

「そうか。一緒に過ごした期間はそう長くはないが、とても優しく知性ある素晴らしい人間だったと思う。父上に厳しくされて泣いているときに励ましてくれた」

「まぁ」

「いまならなにを言われても泣かないけれどな」

 おどけるように肩をすくめるシエルだった。ノエリアは思わず微笑んだ。

(こんなところで繋がるなんて本当に不思議。陛下の心にお爺様がいるなんて嬉しいことだわ)

 ノエリアは小さな幸せを感じることができた。シエルは話を続ける。

「父上が亡くなったあと、王宮の資料にヒルヴェラの名を見つけた」

「祖父のころは裕福で事業もうまくいっていましたので……」

 全部は言わなくても伝わると思ったのでノエリアはそこで言葉を切る。リウからもなにかしら聞いているだろう。シエルはちょっと考える仕草を見せてから、ノエリアを見る。

「ノエリア。これは、きみに話していいものか分からないのだが」

「なんでしょう? わたしもヒルヴェラ家の人間です。おっしゃってください」

 お茶のカップを置いてから、シエルは話した。

「古くから王宮で働く者が言っていたのだが、カリッツォは王宮を、出入り禁止になったと」

「そう、なのですか? なぜ」

(出入り禁止とは……お爺様はなにを。なにがあったのだろう)

 不穏な空気に、ノエリアの胸は騒ぐ。王宮出入り禁止だなんて、穏やかではない。

「知らなかったか。父上に……そのときの国王に、ここで栽培した滋養にいい薬草を献上していたらしいのだ」

「祖父は、新たに薬草事業を立ち上げていましたから」

「献上したものの中に、毒のあるものを混ぜたと」

 シエルの言葉に、ノエリアは衝撃を受け、口を押さえる。

(お爺様が? まさか)

「そ、そんな」

「俺も、まさかとは思う。当時は良好な関係を築いていたはずなのだが」

 父が黙って逝ってしまったのは、このことだったのか。ヒルヴェラ失墜の原因。

「王家に対してそんなことをしても、なにも特になりませんし、利害を別にしても祖父はそんな……」

「きみの言う通り、そんなことをする人物じゃないと思う」

「薬草事業立ち上げたばかりで、父が継いで大きくしていくだろうという時期だったらしいです。祖父が亡くなって、元々やっていた農林業も、もちろん薬草事業も、縮小に次ぐ縮小で……」

 ノエリアは震える手で胸を押える。

「気の毒だった。そのような状態でよくいままでがんばっている。思うに、ヴィリヨ殿は失墜の原因を知っているのではないか?」

「聞いたことはないのですが、そうかもしれません」

(わたしは、なにも知らなかったのだわ)

 毎日、生きるのに必死だった。貧乏でも、皆で支えあって生きないと。兄を支え、家を守る。

「細々と引き継いでいる薬草事業でヒルヴェラの再興を。それが兄とわたしの願いであり、わたしの生きる糧です」

(ただ、王宮出入り禁止という大きな不名誉が、世代交代しても響くに決まっている)

 恐らく、ヴィリヨは知っていて黙っている。そして病弱な体に鞭打ち頑張っている。不名誉は大きな呪いのように感じた。
 ノエリアは、荒れた手を見て、ぎゅっと握りしめた。

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