国王陛下の庇護欲を煽ったら、愛され王妃になりました
途中、休憩する町に寄るなどしながら、王都に入った。そして、王宮へ到着したのが夜7時だった。
近くには大きな川が流れていた。王都の回りは壁に囲まれており、馬車が跳ね橋から巨大な門へ滑り込む。庭を抜け、重厚で大きな木製のドアが開いてそのまま王宮内部へ入ってく。緩くスロープになっており、馬小屋も併設されているようだ。
(馬車から降りなくても王宮内部に入れるようになっているのね)
攻め入られたときのためなのか、王を守るためなのか。想像したら頭がいっぱいになってしまった。
そして馬車から降り、外を通ることなく建物の中に入る。王宮の廊下は暗く、静まり返っている。夜だから仕方がないのかもしれない。宿泊のために準備された来客室へ通された。
案内をしてくれた侍女たちは隣室に待機をするといい、部屋にはノエリアひとりとなった。
「広すぎる……」
思わず言葉を漏らす。
自分ひとりのためにこのように広い部屋を用意して、蝋燭など無駄ではないのだろうか。生花も生けてあり、これも勿体ない。テーブルセットとベッドが遠い。ヒルヴェラの屋敷も大きいほうだと思うが、それの比ではない。
テーブルセットの隣に、ワゴンが置いてある。夕食が用意されているので、今夜は部屋で食事をと言われたことを思い出す。急に空腹を覚えた。
ワゴンの上のクロッシュを開けると、パン、焼いた肉とスープ。クッキーと紅茶も用意されていた。そして、封筒がひとつ。『ノエリアへ』と書かれていた。
(なにかな、これ)
封を切り、中を改めると、手紙が入っている。
『長旅お疲れ様。今夜は顔を見ることはできないが、明日会えることを楽しみにしている シエル』
「シ、シエル様!」
膝から崩れ落ちるノエリアだった。ふかふかの絨毯でよかった。そうでなければしこたま膝を打ち付けていたに違いない。
(人間は、嬉しいと体中の力が抜けるのね……)
心遣いが嬉しい。助けてくれたお礼。その理由で再開できたことも、晩餐会への招待も。なにもかもが嬉しい。この思い出だけでじゅうぶんだと思った。
(明日、うまく笑っていられるためにも、素敵な日にしなくちゃ)
ひとりで食べる夕食も、寂しくはなかった。この王宮のどこかに、シエルがいる。それだけで嬉しい。ノエリアは穏やかな喜びに満たされながら、ひとりの時間を過ごした。
◇
次の日。
夜までは自由時間なのだが、知らない王宮を探索するわけにもいかず、侍女が運んでくれた朝食を黙って食べ、持って来た本も読んでしまい、手持ち無沙汰でいたとき、部屋のドアがノックされた。
「はい」
「ノエリア殿。リウです」
予想していなかった人物の訪問に、ノエリアは思わず満面の笑みでドアに駆け寄った。
「リウ様!」
ドアを開けると、リウも笑顔でノエリアを迎えてくれた。
「長旅、大変でしたでしょう。それに、ここにひとりきりにして申し訳ない」
「なんてことありませんよ。平気です」
「シエル陛下が、様子を見てこいとおっしゃるので」
リウは片目を閉じてそう言った。
「ノエリアは、草むしりをしていたとお伝えください」
「まさか。面白いお方だ」
ふたりで顔を見合わせてぷっと吹き出す。シエルはくしゃみをしているかもしれないと思うと、ますます楽しくなった。リウを部屋へ通そうとしたが、入口で失礼するとのことだった。きっと忙しいのに寄ってくださったのだろう。
「今日のこの日を、シエル陛下は本当に楽しみにしておいでです」
「内々でとおっしゃっていたけれど、仲の良い貴族の方やご親戚もいらっしゃるのでしょうから」
「ノエリア殿がいらっしゃるからですよ」
(わたし?)
リウは含んだものの言い方をするが、ノエリアはいまひとつ考えを汲み取れない。ヒルヴェラの屋敷でもそうだった。
「鈍感ですみません。わたし……」
「まぁ、宜しいでしょう。今夜は心ゆくまで楽しんでくださいね。また夕刻、お迎えにあがります」
穏やかな微笑みを残し、紳士的に去っていくリウだった。