国王陛下の庇護欲を煽ったら、愛され王妃になりました
◇
屋敷に戻ってから数日、心にぽっかり穴が開いたようで、なにをするにも気力が湧かず、部屋に引きこもっていた。
暗い顔をして、予定より早い帰宅だったことで、ヴィリヨもマリエも気遣ってなにも聞いてこない。それがノエリアにはありがたかった。
暑くて茹だるような毎日で、猫のハギーもだれている。
部屋にいると、ドアがノックされた。
「ノエリア、ちょっといいかな」
ヴィリヨだった。ドアを開け、部屋に招き入れる。
「暗い顔をして。いつまでもそんなことじゃ、美人が台無しだぞ」
「お兄様……」
晩餐会から帰ってきて、なにも言わず部屋に引きこもっている妹を案じてくれているのが分かる。
「いい天気だよ」
ヴィリヨは窓辺に立ち、外を見る。
「なぁ、ノエリア。何も言わないんだな。僕が体が弱いばかりに、我慢させ、お前にばかり辛い思いをさせているね」
「お兄様。それは言わない約束でしょう」
兄妹、助け合わなければいけないと、常々思っているし、ヴィリヨのせいで苦労しているなどと思ったことはない。
「なにがあったかは聞かないが、お前が心を痛めているのは、お爺様のこともあるだろう」
ヴィリヨがゆったりと言った。
「……お兄様は、知っていたのね」
「父上が亡くなる前にね。継ぐ身として教えられた。兄として、お前を守らねばと思ったよ。いままで黙っていて悪かったね。怒っているだろう?」
「ううん。怒ってなどいません」
ノエリアは笑って見せた。父は黙って逝ってしまったと思っていた。
「立て直せずに倒れ、無念だったと思う。言わなかったが、僕には分かったよ」
ヒルヴェラの男子は代々心優しいのかもしれない。祖父も父も兄も、心穏やかな人たちだ。
「誰かの、陰謀じゃないかとお爺様は言っていたそうだ」
穏やかではない言葉に、ノエリアは眉をひそめた。
「献上した覚えのないものが混入していたと。それが毒草だったらしい」
「お爺様は、そんなことをするひとじゃないと思うのよ。わたしが小さすぎてあまり記憶がないけれど、優しい笑顔を覚えている」
「そうだね。僕は遊んだ記憶があるけれど。お爺様は、国王に毒を盛るなどしない」
「それにしても、陰謀だなんて……」
ノエリアは溜息をつく。
「大きな富を持っていたからね。信頼は簡単に失墜するよ。まるで転がるように色んなものを無くしていったんだね、ヒルヴェラは」
微かな望みを糧に毎日を暮らしていた。どうなってしまうのだろうと、不安が募ってくる。
「おっと。話が過ぎたな。ノエリア、ダイニングへ行ってごらん」
「ダイニング? どうして?」
ヴィリヨは優しく微笑む。ダイニングへ行くとは、食事だろうか。ここ数日、まともに食事をしていないから。
「気に病んでいるもうひとつのことが、解消されるかもしれないからだよ」
ヴィリヨは、ノエリアの耳にほつれた髪をかけてくれる。そして、部屋のドアを開けた。
「さぁ。行っておいで」
近寄ったノエリアの背中を押してくれる。
「うん……? 行ってきますね」
(なんだろう。なにがあるのかしら)
よく分からずにノエリアは廊下を進み、ダイニングへ行った。ノックをしたほうがいい気がして「ノエリアです」と名乗ってから、ドアを開けた。
マリエかと思ったが、姿はない。食事が用意されているわけではなかった。ダイニングの窓辺に男性が立っている。外を眺めているのだろう。逆光で顔が見えない。見えないけれど、誰なのかすぐに分かった。
「……やあ」
「シエル、さま……」
まさかの人物を目にして、ノエリアは足が震えた。
(どういうことなの? これは)
「なにしに来たのっていう顔だな」
シエルはふっと弱々しく笑う。
「少し、痩せたか」
黒髪と緑色の瞳。紛れもなくシエルだ。
「この間の晩餐会、きみに嫌な思いをさせた。申し訳なかった」
「わたしも、見苦しいところをお見せしてしまって……」
ノエリアは首を振る。自分だって、謝らなければいけない。
「わたしも、シエル様に酷いことを言いました。ごめんなさい」
「気にするな。こうして会えた」
ヴィリヨが『気に病んでいることが解消されるかも』とは、シエルが訪ねてきたから話しておいでということだったのだ。
「まさかその日のうちに帰るなんて思わなくてな。すぐ追いかけようと馬を駆ったのだけど、リウが鬼の形相で追いかけてきて、連れ戻された」
「そうなのですか」
「命を狙われたばかりなのにひとりで行くなんて、死ぬために行くようなものだと怒鳴られた」
あのリウが鬼の形相で怒鳴るなんて。それだけ忠誠を誓い心配しているということだろうけれど。
「とはいえ、きみを俺の許可なしに勝手に帰してしまうなんてな。酷いと思うのだけど」
「今日は、ご一緒じゃないのですか?」
「キッチンでマリエ殿とお茶を飲んでいる」
なるほど、ひとりで来るわけはない。それでも、ふたりきりで来るわけもないのだけれど。
「他のお供の方たちは?」
「ここまで同行して、王都に戻ったよ。一週間後にまた迎えに来る」
「一週間?」