国王陛下の庇護欲を煽ったら、愛され王妃になりました
「俺は、ここでの時間が忘れられなかった」

「大変な思いをなさいましたものね」

 大規模国境警備の最中、山賊に襲われ傷を負った。この屋敷に辿り着いて手当を受けられて、本当によかったと思う。

「忘れられなかったのは、きみとの時間だ。ノエリア」

「シエル様」

「傷の痛みを凌駕する、心満たされるきみとの時間だった。もっと……ずっとこうしていたいと思うほど」

 シエルの思わぬ告白に、ノエリアの鼓動は早まる。

「カリッツォと過ごした時間と同じだと思った。こんな楽しい時間をくれたきみたちふたりが血のつながった家族だと判明したときも、嬉しかった」

 カップのお茶をひとくち飲んだシエル。目を細めて、昔を思い出しているようだった。

「あの話には続きがある」

「あの話、ですか?」

「カリッツォの話だ。うちに小さな女の子がいると。俺に会わせたいと言っていた。女の子は天使のように可愛くて……その続き」

 祖父とシエルのやり取りだ。ノエリアはその話を思い出して、シエルの言葉の続きを待つ。

「きっとシエル様も好きになります、と」

 ふっと笑うシエル。黒き狼と言われる影はどこにもなく、ただただ、ノエリアに安心とときめきをくれるひとだ。

「俺には、優秀な兄がいて期待されずに育った。その兄が病死して、図らずも俺は王太子となった」

 シエルの生い立ちは、ここで聞いたことだった。リウと剣の練習中に怪我をしたことも。

「常に命を狙われていると自覚しながら生活するのは、苦しい」

 絞り出すように語るシエルの言葉を、ノエリアは静かに聞く。

「世継ぎであったけれど、政権争いも見てきた。国内にも敵は多い。俺の命を狙うものは、たくさんいる。そういう運命だ」

 宿命と過去が、ずっしりとシエルの背中に乗っている。見えるものではないけれど。

「両親は俺を兄の代わりにしたがっていた。両親の気持ちに応えたくて頑張ったが、やはり兄のようにはできなくてな」

「シエル様は、いまや立派な国王ですよ」

 黒き狼と言われるのも、畏怖であり醜聞ではない。しっかり国を守っている国王を、ドラザーヌの民衆は静かに信頼しているのだと、ノエリアは思う。
 今まで、こんなふうに胸の内を吐露できるひとがいたのだろうか。リウかもしれないし、カリッツォかもしれない。

(その中に、わたしも加われたらいいのにな)

 なんとなく思ったノエリアだった。

「俺は、その、愛されることをよく……知らない。だから、伝えるのはあまりうまくはない」

 シエルの言葉の意味を汲もうと思った。それだけじゃない。シエルがノエリアを追ってここまで来たこと。休暇を取って滞在すること。一週間のあいだに、お互いの気持ちが少しでもどこか通じていけば、ノエリアには良い思い出として残るだろうと思った。

(シエル様は、国王。王都に戻り、妃を迎える。そして、益々活躍していくひと)

 ノエリアは、カップを置いて、シエルに声をかける。

「シエル様。お天気もいいですし、少し、気分転換しに行きませんか? 景色の美しいところがあるんです」

 シエルの表情がぱっと明るくなった。

「それはいいな。馬で行けるところか?」

「そうですね。険しい山道というほどでもないので」

「リウに話してくるよ。無断で出ていけばまた怒られる」

 善は急げとばかり、部屋を出ていくシエル。リウに近場で散策をする旨を告げて、馬小屋にいたぺルラのところへ向かった。


 久々に会うぺルラは相変わらず毛艶が良く、美しかった。ぺルラに軽やかに跨ったシエルがノエリアへ手を伸ばす。

「おいで」

 力強い手を取る。ぐっと引き上げられ、鐙に足をかけた。シエルの後ろに横すわりで乗る。

「しっかり掴まって」

 ノエリアは、シエルの体に手を回した。掴まり方が弱いと思ったのか、ぐっと両手でしっかり掴まる様に指導される。

(こんなに密着するなんて)

 馬に二人乗りをすることすら初めてだったノエリアは、シエルの背中に顔をくっつけて掴まっていることが恥ずかしくてたまらない。

「行くぞ。ちゃんと掴まっていないと振り落とされるから。気を付けて」

「はい!」

(落馬して怪我してはいけないから、恥ずかしいけれどちゃんと言うことを聞かなくちゃ)

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