国王陛下の庇護欲を煽ったら、愛され王妃になりました
ノエリアは恐ろしさで吐きそうだった。
「なんてこと」
不幸の元凶がここにいる。そして、サイル騎士団長と結託し、シエルの命さえ脅かした。
「恐ろしい企てはここで終わらない。その後結婚した彼は娘に恵まれる。娘を現国王に嫁がせ、カチェリーナの忘れ形見、よく似たノエリアを手に入れることで完結するはずだった」
聞きたくないとばかりに、ノエリアは耳を塞いだ。
「ノエリア、大丈夫だよ。もう大丈夫だから」
ヴィリヨが頭を撫でてくれる。
「死んでからも、いつまでも影をちらつかせ、邪魔ばかりしおって……あいつ、サンポのやつ!」
唾を飛ばしながら喚いたスタイノ公爵に近付いたシエルは、上から見下ろす。見たことのない冷たい目。緑色の瞳がギラギラと光っていた。
(黒き狼……)
思わずひれ伏したくなるようなシエルの雰囲気に、その場にいた全員が動きを止めた。風さえも。
「お前、なにを言っているのだ。馬鹿も休み休み言え」
一歩踏み出したシエル。冷えた目でスタイノ公爵を見下ろす。声音もそうだが、場の空気が1度ほど下がった感じがする。
「サイルもお前も、ずいぶんと浅はかなのだな。娘のカーラを王妃にする? サイルに協力している時点でおかしいではないか。サイルの狙いは俺の命。達成されれば娘を王妃になどできるまい」
ふたりは利害の一致だと言っていた。あるところまでは合致しているのかもしれなかったが。
(シエル様の言う通りね。スタイノ公爵の狙いはわたしだったにせよ)
「俺が死ねば、ノエリアは手に入るが、娘は王妃にできない」
スタイノ公爵は口から涎を垂らしながら、悔しそうに呼吸を荒くしている。
天秤にかけることではないのかもしれないが、娘と自分ならば、娘のほうが大切に決まっている。
「その時はあなたの首を取った次期国王、サイルに嫁がせるつもりだったのですよ」
リウが言った言葉に耳を疑う。
「サイルも独身ですしね。スタイノ公爵にしてみれば、陛下の命は目的ではないのです。カーラを王妃に、そしてノエリア殿を攫うことが目的」
「そん、なの。女を道具としてしか……酷い」
「カーラはわしの娘。スタイノ公爵家のために生きるのが定めだ。そして、カチェリーナによく似たノエリアを、わしの元に」
悍ましさに座り込みたくなる。ヴィリヨが支えていてくれなければ崩れ落ちていたかもしれない。
「……こんな男のところに、大事な妹を渡すわけにはいかない」
ヴィリヨがここまで怒りに震えているのを初めて見た。ノエリアは、酷いと思うと同時に、悲しさも込み上げる。
カーラに同情せざるを得なかった。自分も、ヒルヴェラ家再興が夢。けれど、カーラはスタイノ公爵の道具でしかないのだ。
シエルが手を上げると、リウが携えた剣を抜き、シエルの右手に渡す。ゆっくりとした動作で、転がされたスタイノ公爵に剣の切っ先を向ける。
「ノエリアを攫うだと? そんなことが許されると思うな。王妃に対する罪で死刑にする」
「王妃……? し、死刑……」
まさかそのようなことを言われると思っていなかったのだろうか。スタイノ公爵の顔から色が消えた。シエルはスタイノ公爵の額ギリギリのところに剣をピタリと当て、沈黙で彼を殺す。
「……もういい。お前の顔など見たくない。娘とともに遠くへ行くがいい。まぁ、娘が一緒に行ってくれるのならばの話だが。ひとりきりになっても自業自得だろう」
国外追放。国王の命を狙った罪は重罪。戻ってきたら命はない。この国の定めであり、当然の報いだ。
この場で切り殺すこともできるのに、そうしない。
(きっと、シエル様にはカーラ様の顔が浮かんだに違いない)
「出て行って、二度とこの国に戻ってくるな」
シエルはリウに剣を返し「連れて行け」と縄を持っている騎士団員に言った。スタイノ公爵はうなだれたまま引きずって行かれた。
「なんてこと」
不幸の元凶がここにいる。そして、サイル騎士団長と結託し、シエルの命さえ脅かした。
「恐ろしい企てはここで終わらない。その後結婚した彼は娘に恵まれる。娘を現国王に嫁がせ、カチェリーナの忘れ形見、よく似たノエリアを手に入れることで完結するはずだった」
聞きたくないとばかりに、ノエリアは耳を塞いだ。
「ノエリア、大丈夫だよ。もう大丈夫だから」
ヴィリヨが頭を撫でてくれる。
「死んでからも、いつまでも影をちらつかせ、邪魔ばかりしおって……あいつ、サンポのやつ!」
唾を飛ばしながら喚いたスタイノ公爵に近付いたシエルは、上から見下ろす。見たことのない冷たい目。緑色の瞳がギラギラと光っていた。
(黒き狼……)
思わずひれ伏したくなるようなシエルの雰囲気に、その場にいた全員が動きを止めた。風さえも。
「お前、なにを言っているのだ。馬鹿も休み休み言え」
一歩踏み出したシエル。冷えた目でスタイノ公爵を見下ろす。声音もそうだが、場の空気が1度ほど下がった感じがする。
「サイルもお前も、ずいぶんと浅はかなのだな。娘のカーラを王妃にする? サイルに協力している時点でおかしいではないか。サイルの狙いは俺の命。達成されれば娘を王妃になどできるまい」
ふたりは利害の一致だと言っていた。あるところまでは合致しているのかもしれなかったが。
(シエル様の言う通りね。スタイノ公爵の狙いはわたしだったにせよ)
「俺が死ねば、ノエリアは手に入るが、娘は王妃にできない」
スタイノ公爵は口から涎を垂らしながら、悔しそうに呼吸を荒くしている。
天秤にかけることではないのかもしれないが、娘と自分ならば、娘のほうが大切に決まっている。
「その時はあなたの首を取った次期国王、サイルに嫁がせるつもりだったのですよ」
リウが言った言葉に耳を疑う。
「サイルも独身ですしね。スタイノ公爵にしてみれば、陛下の命は目的ではないのです。カーラを王妃に、そしてノエリア殿を攫うことが目的」
「そん、なの。女を道具としてしか……酷い」
「カーラはわしの娘。スタイノ公爵家のために生きるのが定めだ。そして、カチェリーナによく似たノエリアを、わしの元に」
悍ましさに座り込みたくなる。ヴィリヨが支えていてくれなければ崩れ落ちていたかもしれない。
「……こんな男のところに、大事な妹を渡すわけにはいかない」
ヴィリヨがここまで怒りに震えているのを初めて見た。ノエリアは、酷いと思うと同時に、悲しさも込み上げる。
カーラに同情せざるを得なかった。自分も、ヒルヴェラ家再興が夢。けれど、カーラはスタイノ公爵の道具でしかないのだ。
シエルが手を上げると、リウが携えた剣を抜き、シエルの右手に渡す。ゆっくりとした動作で、転がされたスタイノ公爵に剣の切っ先を向ける。
「ノエリアを攫うだと? そんなことが許されると思うな。王妃に対する罪で死刑にする」
「王妃……? し、死刑……」
まさかそのようなことを言われると思っていなかったのだろうか。スタイノ公爵の顔から色が消えた。シエルはスタイノ公爵の額ギリギリのところに剣をピタリと当て、沈黙で彼を殺す。
「……もういい。お前の顔など見たくない。娘とともに遠くへ行くがいい。まぁ、娘が一緒に行ってくれるのならばの話だが。ひとりきりになっても自業自得だろう」
国外追放。国王の命を狙った罪は重罪。戻ってきたら命はない。この国の定めであり、当然の報いだ。
この場で切り殺すこともできるのに、そうしない。
(きっと、シエル様にはカーラ様の顔が浮かんだに違いない)
「出て行って、二度とこの国に戻ってくるな」
シエルはリウに剣を返し「連れて行け」と縄を持っている騎士団員に言った。スタイノ公爵はうなだれたまま引きずって行かれた。