国王陛下の庇護欲を煽ったら、愛され王妃になりました
日は沈みかけていて、夕陽が空を染める。森もこのまま暗くなっていく空に沈む。
(シエル様、なにを思っているのかな)
空を仰ぎ見たシエルの後ろ姿は、なんだか切なくて、同時に愛おしかった。黙って見ていると、シエルは振り返り、ノエリアの手を取った。
「騎士団員たちが気付いて引き返してこなければ、俺たちはやられていただろうと思う」
シエルの言葉に頷くノエリア。リウは静かに微笑んだ。彼の姿も主に遣える誇らしさで満ちているように見える。
「皆、陛下に心から忠誠を誓っています」
いつの間にか、シエルのまわりに騎士団員たちが集まっていた。そして、誰からともなく跪く。シエルを中心に、忠誠を誓う輪ができた。
「気付いていないのはあなただけです。シエル様。素晴らしい国王になられました」
リウもまた、シエルに跪く。
シエルはその景色を眺め、目を閉じた。止まっていた風が吹く。シエルの髪をなびかせて、ノエリアの頬を撫でていく。
「皆、ありがとう。皆がいなかったら俺はいなかっただろう。感謝している。……一緒に、国を繁栄させていこう」
シエルの言葉は風に乗って、皆のところへ届いただろう。騎士団のみならず、ドラザーヌ王国の土、森、空。そして人々へ。孤高の黒き狼の正体は、愛される国王だったのだ。
ノエリアは、その光景を一生忘れないと思った。
うっとりと見ていると、シエルが振り向く。顔が赤い。
「シエル様?」
「ちょっといいか。皆、後ろを向いていてくれないか」
手を挙げシエルが呼びかける。皆、不思議そうな顔をしながら、回れ後ろをして背を向けた。
「ええと、ノエリア……」
シエルの肩越しに、リウが笑いを堪えているのが見える。シエルはノエリアに顔を近付け、まるで内緒話をするように話しかけてきた。顔が近くて、ドキドキする。
(なに? どうしたのかしら)
「その、さっき沢に落ちたときに言っていたことは、本当か?」
「沢で、ですか?」
シエルの顔が益々赤くなっていく。どうしたのというのか。
「シエル様、お加減でも悪いのですか? あっまさか、実はどこかお怪我を!」
「違う、違う。ほら、言っただろう。『生きていてくれてよかった。こうして出会えたのですもの』と」
「あ……言いました。で、でも」
ノエリアの手を握り、自分の胸に押しつけるシエル。
(シエル様、なにを言い出すの?)
「その次は?」
「……思う気持ちは、誰にも負けません。運命が襲ってきても……なにがあっても」
「その、次は?」
どうして、思わず口走ってしまった言葉をここで反芻しないといけないのだろう。これはなにかの仕打ちなのだろうか。自分はなにか悪いことをしただろうか。恥ずかしすぎる。
「シエル様、あの」
「言って。お願いだ」
シエルがノエリアの指に口づけする。顔に血がのぼった。まわりの皆は背を向けているけれど、チラチラ振り返って見ている者がいる。それに、自分たちの後ろにはヴィリヨとマリエがいるはずだ。
「シエル様が、見えない半分を……」
愛しています。そう言ったのだ。言ってはいけない言葉だったと思う。それをいま、口にしろというのか。皆の前で。
「だって、シエル様は王都に戻って、国王だから……わたしなど」
「さっき、聞かなかったのか? 犯罪者に告げた言葉を。王妃に対すると、俺は言ったのだ」
ノエリアの体は、シエルに吸い付けられるように抱き留められる。もう、逃げることはできない。
「愛しているよ、ノエリア。ずっと一緒に生きて欲しい」
力強い腕に押し潰されそうだった。息ができない。国王の愛は、強い。
シエルの腕の中で、驚きと嬉しさに窒息しそうだった。細い呼吸をしながらも、ノエリアはシエルにしか聞こえない声で、はい、と答えた。
しばらく強く抱かれていた。しかし、後ろを向いて欲しいと頼んだにも関わらずもう皆がシエルとノエリアを見ていたことに気付いて、体を離した。真っ赤な顔をして咳払いをし、シエルはリウを呼ぶ。
「リウ、聞いてくれ。俺は、ノエリアを妻に迎えようと思う」
照れを隠し、なんでもない様子で報告をするシエル。本当に嬉しそうに、リウは目に涙を浮かべて頷いた。
「……おめでとうございます。陛下」
「ニャオ」
足下から聞こえてきた猫の鳴き声。白猫ハギーだ。シエルの足にまとわりついて、体をこすりつけている。
「どうしてお前、このときに出てくるんだよ」
シエルの反応が可愛らしくて、ノエリアはクスクスと笑う。その小さな笑いは伝染し、微笑みとなって広がった。
万歳や祝福の声が挙がった。ヴィリヨもマリエも笑顔で拍手をしてくれている。
王国の新しい歴史がいま、刻まれようとしている。
シエルとノエリアの運命の糸が繋がった。