国王陛下の庇護欲を煽ったら、愛され王妃になりました
(早く、回復しますように)

 祈るように、包帯を巻いた左腕にそっと触れる。伏せられた長い睫毛。気が付いたときに開かれた瞳は、とても優しい色を湛えていた。

(凄く、美しい緑色の瞳だったなぁ)

 自分のお茶は、口をつけないでいるうちに冷めてしまった。取り替えようとするマリエを止めて、そのまま飲む。飲んでから初めて、自分が喉の渇きを覚えていることに気が付いた。必死だったから、感じる暇も無かった。

「美味しい。ありがとう」

 マリエに礼を言い、カップを置いた。
それから、すぐにリウが馬を馬小屋に入れてずぶ濡れで戻ってきた。馬は怪我も無く元気らしい。黒髪の青年が起きてしまわないよう、三人は静かに話す。

「またずぶ濡れになってしまいましたね」

「どうせ濡れていますから。お気になさらず」

 ノエリアはマリエに準備してもらった男性用の服を差し出した。

「亡くなった父のものなのですが、良かったら。そのままでは良くありません」

「これは、申し訳ない」

「兄のものあるのですが、細身で、リウ様たちは逞しくてらっしゃるので……すみません」

「どうして謝るのです。ありがたい」

 リウに服を渡すと、着替えて貰うためにノエリアとマリエは部屋を出た。そしてキッチンへ向かい、食事を用意した。

「マリエはお兄様に事情をお伝えしてくれる? 食事はわたしが持っていくわ。おふたりにはそのまま休んで貰うようにするから」

「承知しました。ではわたくしはここを片付けたら部屋に戻っています。御用の際はお声がけくださいませ」

「お願いね」

 ノエリアはトレーを持って、リウたちがいる部屋へと戻る。ノックをすると、中から「どうぞ」とリウの声が聞こえた。

「リウ様。食事をお持ちしました。生憎このようなものしかないです」

「とんでもない。本当に申し訳ない」

「どうですか、そちらのかたの様子は」

「さっきより呼吸が静かになった気がします」

 黒髪の青年を覗き込む。額の汗が引いている。このまま回復すればいいが。

「あの、こちらのかたは、お名前を伺っても宜しいでしょうか?」

「シエル様です。わたしは小さい頃から共に過ごし、お仕えしているのです」

 ノエリアは、名前を聞いてハッとする。見開いた目をリウに向けた。この国に住んでいてその名前を知らないわけがない。ということは、リウは側近。

「もしかして」

「お気づきですか?」

「リンドベリ、国王陛下……ですか」

 リウは無言で青い目を細める。それが答えだと思った。
 同じ名前はあるにしても、黒髪、王族の特徴である緑色の瞳、更に左目の傷と来れば疑いようがない。

「まさか」

(マリエが言っていた、大規模国境警備……)

 きっと近くに来ていたのだろう。そこで、山賊に襲われた。

「お気の毒に……」

 そう声をかけるとリウは溜息をついた。疲労が色濃い。

 このまま色々話をするわけにはいかない。あの嵐の中、怪我人を抱えここまで来たのだ。休ませないと明日に響く。

「分かりました。とにかく、今夜はお休みください。わたしは隣室におりますので、なにかありましたらお声がけください」

「……感謝します」

 部屋に滞在するとリウも気を使って休めないだろうから、ノエリアは部屋を出ることにする。

「とにかく、ゆっくりお休みください」

 そう言い残し、ノエリアは部屋を出た。
 マリエはもう部屋に戻っているだろう。
 水場へ行き、水で顔を洗って、ノエリアはシエルとリウが眠る部屋の隣室へと入った。風はまだ窓を揺らしている。雨は少し弱まったのだろう。水滴が当たる音が少ない気がする。
 貧乏だけれど、いままで森の中で静かに質素に暮らしていたヒルヴェラ家にとって青天の霹靂。

(国王陛下が、この屋敷にいるなんて)

 しかも、怪我をして、眠っている。
美しく優しそうな目だった。黒き狼と呼ばれ恐れられていると言う、若き国王シエル・リンドベリ。

(でも、国王でもそうでなくても、助けを求めてきたのだから助けなくては。できることはしよう)

 緊張で頭が冴えて、眠れる気がしない。
 ノエリアは、隣室から声がかかってもすぐに行けるよう、その晩はソファーで本を読むことにした。


< 9 / 48 >

この作品をシェア

pagetop