神様、どれほど償えば この恋は許されるのでしょうか?

出勤時、廊下を抜けてナースステーションまで辿り着くと、ずらりと並んだモニターのひとつに、

“結城梨佳”

の名前を見つけて、加奈子はようやくホッとする。

名前があるということは、生きているということだ。

主治医の高橋はもう1週間以上自宅には戻っていない。

そんな日々が、何日続いたのだろう。

ようやく綱渡りながら状態が落ち着くと、ある日、梨佳のベッドサイドに大河がいた。

いつの間にか、4月。

高校の制服を着ているせいか、大河が随分大人びて見える。


「カッコいいね~、似合うじゃん制服。そうそう、聞いたよ、首席入学だって?」

そう伊藤が声を掛けると、梨佳が珍しく声を荒げた。


「全っ然、似合わないもん!」

「バカ、梨佳、興奮すんな」

「大河なんか大キライ!」


大河の通う高校はこの病院の沿線上にあって、かなり近いところだと聞いた。

そのために、志望校のランクを下げたらしい。

なるほど、1年前の喧嘩の原因だ。

梨佳の頬を、大粒の涙がとめどなく流れては、砂漠の砂にしみこむように、シーツを濡らしていく。

今こそわかる。


「もう…ここには来ちゃダメ……」


あの日も、梨佳は泣いていた。

そして、加奈子はあの日以来、今日まで梨佳が泣いたところは見た事がない。

あの人形のような、いつも同じ表情の笑顔が、悪い魔法なんかであるはずがないのだ。

泣いてしまわないように、梨佳が必死になって顔に貼り付けていた笑顔。

これまでどんなに辛くても、

今、この状況であってでさえ、梨佳は自分自身のために涙など、一滴だって流しはしないのに、

大河を想って、泣くのだ、梨佳は。


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