神様、どれほど償えば この恋は許されるのでしょうか?

降り止まない雨のせいで、いつもより薄暗い外来の待合室。

その片隅に、昨日みかけた“梨佳によく似た子”がいる。

細い足を真っ直ぐのばし、長椅子にひとりで背もたれて座っている。

暇そうに右手でスマホをいじりながら、左手で肩まである髪を指にくるくると指に巻きつけて遊んでいる。


――やっぱり、違う。


外見がどんなに似ていようと、まとっている空気がまるで違う。

その子は、声のしたほうにゆっくりと顔を向けると、鮮やかに微笑んでみせた。


「加奈子さん、こんにちは」


――この子は…、誰?


「……大河は?…今日は一緒じゃないの?」

「う~ん、どうだろう?今日は会ってないし…」

「どいうこと?」

「う~ん、いろいろ……、ねえ加奈子さん、もう診察室入っていいの?」

「……ええ」


友人から頼まれたのだと、高橋に傘を返しているところをみると、梨佳であることに間違いはないはずなのに、別人にしかみえない。


――どおして、誰も気づかないの?


加奈子の疑問をよそに、高橋はいつも通りに診察を終える。

そして、気がかりだったのだろう、神妙な面持ちで梨佳に話しかけた。


「昨日の泉美ちゃんのお母さんのことなんだけど…」

「ああ、大丈夫。気にしないで先生。何とも思ってないから」

「何とも…?…本当に平気?」

「うん。だって、泉美ちゃんが亡くなったのは私のせいじゃないでしょ?それに、あの日の事、あんまりよく覚えてないんだよね」


制服のリボンを結びながら、高橋のほうを見もせずに平然と返事する。

その様子に驚いて、

一瞬梨佳を注視した後、高橋に視線を移したのは、むしろ加奈子のほうだった。


“あなたがさっさと死んでれば、その心臓をもらってたのは泉美のはずだったのに!”


昨日、泉美の母親が梨佳に詰め寄ったと、同僚の看護師から聞いた。

その場にいたスタッフが慌てて引き離したのだが、動揺した梨佳は、キョロキョロと辺りを見回して、とにかく落ち着きがなかったらしい。

そうかとおもえば、急にぼんやりと反応が鈍くなる。

その様子を不安に思った看護師が、主治医の高橋に連絡を入れている間に、梨佳の姿がみえなくなったらしく、その看護師はひどく心配していた。

加奈子は高橋から目を離せない。

一部始終を直接見たわけではないけれど、加奈子の過去の記憶が、ヒステリックに叫ぶ泉美の母の姿を簡単に想像させる。


“なんであの子なの!なんで、泉美じゃないんですかっ!先生!”

“じゃあ、他に死にそうな人はいないんですか!…ここは病院でしょう?死にそうな人なんか、いくらでもいるじゃないですか!”

“なんで、その人達の心臓をもらっちゃいけないの!”


耳を覆いたくなるような暴言の数々も、母親の子供を助けたいという想う気持ちを考えれば、理解できなくはなかった。

でも、憎しみを孕ませた悪意ある言葉は、ひとたび相手の胸に突き刺されば、呪いのようにいつまでも血を流し続ける。

それこそ、梨佳のように。

< 58 / 62 >

この作品をシェア

pagetop