神様、どれほど償えば この恋は許されるのでしょうか?
重大な事象に対峙するときの、これは大河の癖のようなものだ。

“心臓移植しなければ助からない”

と、梨佳の余命を宣告されたときも、そうした。

自身が怯んでしまわないように、
相手に動揺が伝わらないように、
身も心も固定する。

だから、


「まだ、セックスしちゃダメだからな」


そう高橋が言い放ったとき、この手の冷やかしに乗せられたことを嘆く以前に、
さほど深刻な話じゃなかったことに、大河はとにかく安堵した。


「…はぁ~…、あの、さぁ……」


止めていた息を深々と吐き出すと、
ガックリとうな垂れ、硬く握り締めていた手を緩める。


「まてまて!真面目な話だから、きちんと聞け。お前は頭がいいし、梨佳ちゃんの疾患に関してだけいえば、そこらへんの研修医なんかよりずっと詳しいよ。だから、わかるだろ」

「……?」

「順調なんだよ、でも、“なぜここまで順調なのか”わからないんだ。はっきりいって普通じゃない。正直、まだ心臓に負担はかけたくない。もう少し我慢しろ。いいな」


大河が、うつむいたまま視線だけを上向けると、
少し長い焦げ茶色の前髪を透かして、至極真面目な顔の医者が見えた。

どうやら冷やかしではないらしいが、リアクションに困る。


「あのさ……」

「…っていうか、お前受験生だろ!勉強しろ勉強!小学生の時“高橋先生みたいな医者になりたい”って言ってただろう!医者になって、そしてオレに楽をさせろ!」

「…あのさあっ!!」


よくもまあ、本人も忘れているような、小学生の戯言を覚えているものだと感心しつつ、
このおせっかいともいえる発言に、大河は抗議の声を上げた。

…が、その割には、いささか迫力に欠けた。


「…て、ねぇもん」

「まあ、キスぐらいは許す」

「だからっ」

「は?何だって?」


目の前の高橋は、キスの何が不服だと言わんばかりだ。
大河は、思わず上げてしまった顔を露骨にそらし、

表情を読み取られまいと、解いた手で口もとを覆う。


「…付き合ってねぇもん……」

「…え?」


高橋の表情が、またたく間に崩れていく。

仕事用の顔から、まるで出来の悪い弟を見るように変わったかと思うと、
大きくため息をつき、

そして、それを証明するかのように、
医者が決して患者の付き添いに言うはずのない、暴言を吐いた。


「アホだろ!お前はっ!!」

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