一途な2人 ~強がり彼氏と強情彼女~
頭に靄がかかったような状態のまま、サイン会の会場としていた場所を片づけた。
出版社の2人とも会話を交わしたが、内容はよく覚えていない。
今日はありがとうございました、みたいな当たり障りのないような言葉だった気がする。

2人が帰り際、常盤さんが小声で
「うまくいくといいわね。」
と囁いていった。
望月さんが私を見る目も、どこか含みがあるような、訳知りの態度。

バックルームで社長と私が2人きりになったことはやはり偶然ではなく
事前に打合せられていたのだろう。

そこまで考えられるくらい頭が回転するようになったのは片付けを終えて休憩に入ってから。
社長が去ってから2時間経ってからだった。

私に会うために本を出した、とか
私のことを調べた、とか。

人生経験は乏しいけれど、本はたくさん読んできた。
彼は間違いなく私を意識してるってことは分かる。

でも、なぜ?

会いたかった、と言ってくれていたけれど、
11年前、また連絡すると言っておきながら音沙汰なく、
私から連絡してみたらアドレスも番号も変わっていた。

なぜ今頃になってこんなことを?

可能性その1:周りに山ほどいるであろうご令嬢たちとは一通りお付き合いしたので、庶民に手を出してみたくなった。
可能性その2:庶民の生活実態調査。
可能性その3:過去の恋愛で、体の関係を持てなかったのは私だけなのでリベンジしに来た。

考えれば考えるほど、社長を悪者扱いしている自分に気付いてげんなりする。

ずっとずっと、想い続けていた相手と再会できたのだから、難しいことは考えずに素直に喜べばいいのに。

調子にのって、もてあそばれて、捨てられる、なんて悲しい思いをするのが嫌で
どうしてもブレーキをかけてしまう。

彬くんはそんな人ではなかったと思いながらも、
さっき会った豊沢社長は彬くんとはまるで違っていて、
何を考えているかなんて、さっぱり想像もつかない。

狐につままれたような気分のまま仕事に戻り、午後7時に退勤。
従業員用入り口から出た私を出迎えたのは、
グレーのスーツに身を包んだ、若い女性だった。
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