一途な2人 ~強がり彼氏と強情彼女~
「佐々木紗良さんでいらっしゃいますね。
社長がお待ちですので、お乗りください。」

嫌味のない彼女の自然な微笑みによって
私は毒気を抜かれたかのように、あまりにも自然に車に誘導されてしまった。
行こうか断ろうか、寸前まで迷っていたはずなのに。

さっき豊沢社長が乗って来た車はベンツだったけど、これはTOYOTA。
プリウスだ。
さっきのは社用車、こっちはプライベートってこと?

豊沢社長のプライベート秘書だという石田さんに後部座席に座らされたものの、とにかく落ち着かない。
食事、と言っていたけれどどこに連れていかれるんだろう。

今の私の出で立ちと言えば、Tシャツにジーンズにガーディガンにスニーカー。
豊沢社長のような大富豪が出入りするようなお店に行けるような恰好ではないのは一目瞭然。

ロマンス小説に出てくるようなイケメン社長なら、私を目が飛び出るような高級ブティックへ連れて行って全身トータルコーディネートをしてくれるんだろうけど、そんな展開は遠慮したい。
私なんて何を着ても変わらないのだから。

気を紛らわすために、運転席に座る石田さんを盗み見る。
迎えを寄こす、と豊沢社長が言っていたけど、何となく勝手に男性が来るものだと思い込んでいた。
秘書さんやボディーガードは中年と言ってもいいくらいの世代だったけれど、石田さんはもっと若く、
私たちよりちょっと上だよね?というくらい。

そもそもプライベート秘書ってなに?と疑問にも思ったけど、
こうやってデートの相手を迎えにいくのに会社の人を使うことなんてできないよね、と妙に納得してしまった。
きっと石田さんは今までに多くの美女を車に乗せ、社長の元に送り届けて来たんだろう。
そういう意味では目も肥えているんだろうな。

対する石田さんも、凛としていてスーツが良く似合う。
髪を高い位置でお団子にまとめているが、子供っぽさを感じさせることなく、落ち着いた印象すら与えているようだ。
こんな美人さんがプライベート秘書って、問題にならないのかな。

挨拶を交わして車に乗り込んで以来、どちらも口を開かない。
何か話した方がいいのか、黙っていた方がいいのかもわからない。

こんな場面でのマナーなんて、私は何も知らない。
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