臆病な背中で恋をした
「亮から、馴染みの女だって聴いてな。一度、明里に会っておきたいと思ってたところだった」

 入社式の時は緊張して、ろくに顔なんて見てもなかったけど。こうして間近で隣り合ってみると、野性味のある南国系のイケメンだっていうのが分かった。鼻が高くて、目も口も輪郭がはっきりしてて。とても力強い印象を与える人。

「悪かったな、2人きりにさせてやらなくて」

「あ、いえっ」

 首を横に振りながら。
 
 何度も。運転席の亮ちゃんとルームミラー越しに目が合う。わたしが戸惑っているのを分かってくれてるように。

「明里は亮がいるのを知らずに、うちに来たんだろう?」

 真下社長が、眼差しに面白そうな色を乗せている。

「はい。入社式の時びっくりして。・・・亮ちゃんとはもうずっと会ってませんでしたから」

「『亮ちゃん』か?」

「えぇと、そのっ、昔からそう呼んでるので・・・っっ」

 からかうみたいに言われて、俯き加減に赤面する。

「可愛いねぇ明里は」

 ククッと笑いをくぐもらせる社長に何だかもう、いっぱいいっぱいで。うわーん、亮ちゃん助けてぇ・・・。
 内心、狼狽えまくっていたら。

「・・・・・・社長、その辺で」

 タイミングを計ったように亮ちゃんがさり気なく、助け船を出してくれる。

「堅いこと言うな。可愛い女だし俺も気に入ったんだよ」

 わざとらしく自分にわたしの肩を引き寄せて、亮ちゃんに見せつける社長。
 振り払うわけにもいかず人形と化して、されるがままのわたし。

「・・・いい加減にしないとセクハラで訴えられますよ」

 冷静な亮ちゃんの声が、酷く冷ややかに車内を突き抜けたのだった。


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