臆病な背中で恋をした
 連れて来てくれたのは、超がつく高級なステーキのお店で。ドラマで見かけた、セレブな大病院の理事でも集まっていそうな。

「ここのは本当に美味いぞ」

 目の前の大きな鉄板で、シェフが綺麗な赤身のお肉を芸術的な色目に焼き上げてくれる。
 社長と亮ちゃんに挟まれて横並びに座り、一口サイズに切り分けられた最高級の牛フィレを堪能するうち、肩の力も少しずつ抜けて笑顔が出るくらいには、なっていた。

「明里は、付き合ってる男はいないのか」

 ワインを口にした真下社長にストレートな物言いで尋ねられた。

「はい。いないです」

「今まで付き合った男は?」

「えぇと、それも・・・いない、です」

「まさかまだ男を知らないってことは、ないだろう?」

「・・・・・・・・・・・・」

 ぎこちなく泳がせた視線が、思わず亮ちゃんとぶつかった。一瞬。揺れたように見えた亮ちゃんの眼差し。
 恥ずかしいような気まずいような。変な居たたまれなさに、どうしていいか分からなくなる。

 大学の時も、前の会社の時も、デートに誘われたことはあった。付き合って欲しいって告白されて、嬉しくないわけじゃなかったけど。心が動くことはなかった。その理由は、自分でも曖昧な感覚でしか。

 でも多分。
 亮ちゃんならきっとこうしてくれた、こう言ってくれた。
 無意識に重ね合わせて。
 違和感でしかなかったのかも知れない。 

 素直に好きって言える気持ちは、今でも亮ちゃんにしか。他の誰かをそう思うことって・・・わたしには無いって。いま分かった気がした。
< 11 / 91 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop