臆病な背中で恋をした
 やがて車は見慣れた夜の街中を走っていた。もう家は近い。交差点を曲がり、住宅街の路地へ。そしてあっという間に、わたしと亮ちゃんの家が並ぶ通りに着いた。

 少し手前の小さな公園脇で停車すると、亮ちゃんはわたしを降ろし、自分も車から降りてきた。

「・・・悪いなここで。明里が家に入るまではちゃんと見届けてやる。安心して帰れ」

 2軒とも少し先の通り沿いだ。平坦な直線だし、心配するようなことは無いはず。

「うん大丈夫。・・・今日はありがと、亮ちゃん」

「・・・いや」

 車の前で向かい合い、見上げた亮ちゃんの眼差しは。陰ってるせいか、どんな感情なのか読み取れない。
 きっとこれは言われたくないだろうって分かってたけど。敢えて口にした。

「・・・・・・寄っていってあげないの?」

 ずっと家に帰っていない亮ちゃん。おばさんは、しょうがないって諦め顔で。でも子供を心配しない親なんているわけない。こんな近くまで来たのに。わたしは哀願するように見つめた。
 端正な顔立ちがこっちを見つめ返す。

「・・・たまに声は聴かせてるからな。明里が気にすることじゃない」

 腕が伸びてきてわたしの頭をやんわり撫でた。

「俺との約束は憶えてるな?」

 おばさん達には言わない約束。コクリと頷く。

「明里が守る限り・・・俺は傍にいてやれる」

 頭を撫でた掌がゆっくり下りてきて頬に。指でなぞるように触れられた。
 心臓が爆発するんじゃないかってぐらい、大きく跳ね上がって息が苦しい。顔が近づいて来たと思ったら。額に柔らかく押し当てられた感触が。真下社長と同じようにキスをされたんだって分かって一気に、顔に熱が来た。

 消毒って。・・・こういうこと?
 躰中が発火したみたいで、全身の血液が沸騰しそう。
 亮ちゃんにこんな風にされるのなんて初めてだったから。
 心臓の奥の奥がきゅっとなって、泣きたくなる。
 
「亮ちゃん・・・・・・」

 昂ってく気持ちを抑えられなくて。潤んだ眸でわたしは縋(すが)る。もう一度、屈むように顔が寄って来た時。目を閉じ、唇に感じた吐息を受け止めて。初めてのキスを大好きなひとに貰った。重ね合っただけの短いキス。
 離れた亮ちゃんは静かにわたしを見下ろし、帰りを促す。

「・・・明日も仕事だ。夜更かししないで早く寝ろ」

「・・・・・・うん。お休みなさい亮ちゃん」

「ああ・・・お休み」

 家に向かって歩き出し、気になって振り返る。亮ちゃんはそこに佇んでいた。手を振ると、片手を上げて応えてくれた。
 自分の家の前に着いてもう一度振り返る。白い車の前に残る人影。薄暗がりで見えてないかも知れないけど、また手を振り。わたしは門を開けて家の中に入った。
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