臆病な背中で恋をした
 宴もたけなわ。席をあちこち移動してる人がいたり、ものすごく盛り上がってるテーブルがあったり。わたし達のテーブルは嶋野さん以外、大人しく呑んでるタイプで。北沢さんと津田さんは、ちょっと難しい仕事関連の話をしたりもしていた。

「あかりちゃん、彼氏はぁ?」

 すっかり下の名前呼びが定着しちゃった嶋野さんが、ずい分と赤くなった顔で、にへらぁと下から上目遣いに。

「・・・えぇと、いない、です」

「じゃあオレと付き合っちゃったりしない~?」

 ・・・ゴメンナサイ、しません。

「今は、その、あんまり考えてないのでー」

 愛想笑いで受け流す。
 
「えー、そんな淋しいこと言わないでさぁ、オレと付き合おーよ!」

「嶋野さんならもっとイイヒト見つかりますよー」

 酔っ払いの相手は大変。どうせこれ憶えてないんだろうし。

「嶋野。あんまりしつこいとセクハラで訴えられるぞー?」

 北沢さんが棒読みに、横からツッコミを入れてきた。

「っつか、その絡み方どうにかしないと永久に彼女なんか出来ないだろ」

「え~っ、マジっすかぁ?!」

「いっぺん細胞分裂からやり直した方がいいな、おまえ」

「そっからかぁっ」
 
 2人が漫才を始めたところで津田さんに断ってバッグを持ち、お手洗いに立つ。 
 お酒はロンググラスのカクテルで、3杯程度が限界のわたし。少し酔いが回って眠気も来ていた。
 腕時計を見やると8時半を回ってる。6時半からの2時間コースだって聴いたから、9時にはお開きかな。

 酔い覚ましのつもりで、外気に当たろうかと店から出て吹き抜けのエレベーターホールに出た。ここは6階建てのビルで、飲食店がワンフロアに一店舗ずつ入っているタイプのようだ。壁に寄りかかり、しばらくぼんやりと。コートを着ていないから、あまり冷たい夜気に晒されてると風邪を引きそう。

 自分で自分の頬を軽く叩き、脳を覚醒させる。さて戻らなきゃ。踵を返そうとして、入り口から出てきたスーツの男性と目が合った。

「津田さん・・・?」

「ここに居たのか。戻らないからどうしたかと思って」

「すみません。ちょっと酔い覚まししてました」

「もうお開きになるから戻ったほうがいいな」

「そうですね。ありがとうございます」
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