臆病な背中で恋をした
 6階のエレベーターホールは終業後、セレモニーのように一定時間、女子社員でごった返す。
 今日は一段と時間を争うように、わりと急いでロッカールームを後にするなぁと思ったら。金曜の今日からクリスマスデートの子が多いってことらしい。

 わたしはマイペースにゆっくり着替え、最後の3人と乗り合わせてエレベーターで1階まで下りた。正面玄関から外に出ようとして、前の歩道を行き交う通行人が傘を差して歩いているのに気が付く。差していない人もいて、降り出しの小雨なのかも知れない。
 天気予報に雨マークは無かった記憶だけど、ロッカーに折り畳みの置き傘はある。もう一度エレベーターに乗り込んで取りに戻った。

 昇ってくるエレベーターを待ち当然、空(から)の箱だろうと思っていたら。開いた扉の向こうには思いもがけず、三つ揃い姿の真下社長と亮ちゃんの姿があった。

「お、明里か。いま帰りか?」

「あっ、はい・・・! お疲れさまですっ」

 慌てて社長に会釈。

「外、降り出して来たぞ?」

 扉が閉まらないよう、操作盤に手を伸ばしたままの亮ちゃんには一向に構わず、真下社長は機嫌が良さそうにわたしに話しかけて来る。

「それで傘を取りに来たんです」

「そうか。なら途中まで送ってやるから少し待ってろ」

 ・・・・・・はい?!

「いえ、あの大丈夫です、大して降ってませんし・・・っ」

「そう俺を無下にするなよ。せっかく明里に会えて気分が良いんだ」

 これは断るべきなのか、断るほうが失礼なのか。返答に困って亮ちゃんに視線で助けを求める。
 亮ちゃんは微かに吐息を吐く仕草で。

「・・・下で待っていろ明里。15分くらいで終わる」

「あ・・・うん」

 そのまま扉が閉まり、7階からまた下りて来るのを待つわたし。

 でも。偶然でも嬉しい。すごく嬉しい・・・! 胸の中で熱が籠って、きゅうっとなる。やっと亮ちゃんに会えた。

 今年はサンタクロースが気まぐれに、密かな願い事を聴いてくれたのかも知れない。
 鼻の奥がつんとなって思わず涙が滲みかけたのを、一生懸命に堪えたのだった。

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