臆病な背中で恋をした
 即答したわたしに社長は一瞬目を見開き、それから片手で顔を覆うようにして肩を揺らす。・・・どうしてか笑われている。

「・・・・・・いや悪い。予想以上に明里が可愛くてな。亮も男冥利に尽きるだろうよ」

 収まってからもう一度、頭を撫でた掌には少し力が籠っていて。わたしを見つめる眼差しが、優しく見えた気がした。





 やがて車は、とある駅前の大きなホテルの地下駐車場へと入って行き、エントランス前に横付けされた。

「残念だが今夜は俺も体が空いてなくてな。次は楽しみにしてろ」

「あ・・・はい」

 小さく頷く。
 どうやら、これからここで何か約束があるんだろう。

 『無防備』と『亮ちゃん』と『お誘い』の因果関係は、やっぱりよく分からないけど。どっちにしても自分に断る権限はないって思う。真下社長が相手なら。

「亮」

 真下社長の口調が少しあらたまった。
 運転席から横顔が後ろに傾き、短く返事が返る。

「明里をどこか美味い店にでも連れて行ってやれ。今日は戻らなくていい」

「いえ、それは」

 怪訝そうな声音。否定の意思があからさまに。

「俺がいいと言ってる。心配ない、秋原と津田達で十分だ」

 津田・・・?
 社長の口から零れた名前を拾って、あの津田さんなのかと思い浮かんだ。

「・・・社長、そういう訳には」

「何度も言わせるなよ日下」

 言いかけたのを遮って、有無を言わせず亮ちゃんを黙らせた社長。
 
「・・・・・・承知しました」

 やっと低く答えた亮ちゃん。
 漂った微妙な空気を真下社長は意にも介していない様子で、わたしに満足げな表情を向ける。
 
「少し早いがクリスマスも近いしな。2人でゆっくりするといい」

 まさかそんな気遣いをしてもらえるなんて、それこそ思ってもなかったから。驚いて、きょとんとしてしまった。

「俺を愉しませてくれる褒美だ。気にせず受け取れ明里」

 本当によく分からないけど、社長は好きでわたしを構ってくれてる、ということで良いらしい。

 不敵そうに口角を上げた社長は降りる前、当たり前のようにわたしの額にキスを落とし。
 慌ててお礼を言うと、片手を上げて自動ドアの向こうに吸い込まれて行った。
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