臆病な背中で恋をした
 亮ちゃんが連れて来てくれたお店の水炊きは本当に美味しかった。
 鶏肉は弾力があって柔らかくて全く臭みも無い。お出汁もサッパリで、締めの雑炊が絶品だった。

 個室タイプで気兼ねも要らなかったし、煮立って食べ頃になると亮ちゃんが土鍋から取り分けてくれて。親鳥がせっせとヒナに餌を運んでる感じは、昔とちっとも変わらないなって。・・・気が付けば笑みがほころんだ。



 お店からの帰りは助手席に乗せてもらった。ちょっと緊張して窓の外を眺めるフリをした。でもいつの間にか、引き寄せられるみたいに亮ちゃんの端正な横顔に見入ってしまってて。

「明里。・・・いいから前を向いてろ」

 溜息雑じりに何度も溜め息を吐かれた。
 だってしょうがないの、亮ちゃん。7年分を埋めるにはぜんぜん足りない。次はいつ会えるかも分からない。

 ・・・・・・約束を欲しがるのはワガママ?
 でも会いたい。亮ちゃんともっと一緒にいたい・・・・・・。

「じゃあ・・・見ないから、また会ってくれる・・・?」

 わたしは、おずおずと気持ちを伝えた。

 交差点の信号待ち。亮ちゃんは顔を寄せ、黙って唇を重ねた。
 離れてから目が合って。でも何も言ってはくれなかった。

 どう受け止めていいのか。わたしのココロは、波に翻弄される小舟のよう。
 どうして・・・?
 ねぇ亮ちゃん。
 『好き』も『会う』も。違う答えなの?

 問い詰めたら亮ちゃんは背を向けて消えちゃいそうで。怖くなって訊けなくなった。





 前と同じに、家の近くの公園脇に車を停めた亮ちゃん。
 シートベルトを外すと、不安だとか戸惑いだとか、そういうのの全部が隠せもしないわたしの顎の下に手をかけ、上を向かせた。

「・・・・・・明里」

 名前を呟かれ、吐息を感じた刹那に唇を舐められて。反応して半開きになった透き間から、何かが入り込んだ。わたしの舌を丹念になぞって、柔らかく食べられてるみたいな。それが亮ちゃんの舌だって分かった時、躰の芯がゾクゾクっとして震えた。今まで感じたことがない感覚。次第に追い詰められてくナニか。

「・・・ッ・・・、んっ・・・!」

 勝手に吐息が漏れて、昂る熱に呑み込まれてく。
 呼吸ができなくなる・・・!

 口の端からだらしなく伝い落ちた雫を、亮ちゃんは指で絡め取り。たったこれだけで荒く息を切らせたわたしを冷めた表情で見下ろした。

「・・・俺を昔と同じだと思ってるのか。その気になれば、平気で明里を抱ける男だ」
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