臆病な背中で恋をした
会社のトップを支えるほどの立場になっていた3つ上の日下亮は。実は幼馴染のお隣さんだ。
わたしが高校卒業する頃までは家も普通に行き来してたし、家庭教師をしてもらったり、進路相談に乗ってもらったり。
わたしと、わたしの弟のナオ、妹のユカ、そして亮ちゃん。“4人兄妹”の長男は、しっかり者で頼りがいがあって。大学卒業と同時に亮ちゃんは家を出たから、ほとんどそれきりで。おばさんは、盆暮れ正月にも帰って来ないってときどき愚痴をこぼす。
よもや転職先の社長、真下征一郎(ましも せいいちろう)の片腕って呼ばれてる人が亮ちゃんだったなんて。
・・・って衝撃の事実を知ったのは、忘れもしない中途採用者3名の入社式のこと。
社長室で初めてナマの社長と対面して、その傍らに立ってた秘書らしき男性が、わたしの名前と配属先を読み上げ終わった途端、黙り込んだ。まさか、ここまで来て採用取り消しとか?!
血の気が引きそうになりながら、断頭台の前に立ってる心境でその人を見つめると。向こうもこっちをじっと見ていた。・・・・・・互いに数十秒。
「・・・・・・・・・あ」
目を丸くしたまま漏れ出た声を慌てて手で塞ぐ。その場にいた全員の視線が、わたしに注がれて。
「・・・どうかしたか日下」
まだ36歳の若い社長は、スポーツは絶対なにかやってるって、がっしりした体格の持ち主で。風格たっぷりに亮ちゃんに訊ねた。
「・・・いえ何でもありません。失礼しました」
何ごとも無かったように亮ちゃんは、そのあとわたし達に短く訓示を述べ、社長がそれらしい挨拶で締めくくった。
退室するまで思考回路が半分バグって、解析不能に陥っていた。
こんな偶然もあるんだって。ビックリマークとクエスチョンマークが頭の中を飛び回ってる最中。
『・・・手塚さん、少し良いですか』
廊下でわたしを呼び止めた亮ちゃんは、まるで見ず知らずの他人に向けるような、冷めた眼差しでそこに立っていた。