臆病な背中で恋をした
梓と別れ、わたしは自分が乗って帰る電車のホームへと。
今日から仕事初めの会社もある。夕方5時を過ぎ、コートにビジネス鞄のサラリーマンや、家族連れ、中高校生くらいのグループなどでわりと混雑していた。
下りの準急電車が到着し、ある程度の乗客を掃き出したものの、同じくらい乗り込んで軽く満員状態だった。
掴まれるものが無い所で人に囲まれ、目線に困って俯き加減に。右に左に揺れるのを、ブーツを履いた足で踏ん張る。この路線は分岐やカーブが多くて、大きく傾くポイントが何か所か。気を抜くと大変なことになるのだ。
ゴーゴーと、鉄の車輪が高回転して線路を擦る轟音。子供の声。笑い声。誰かのイヤホンから洩れる音楽のリズム音。ごった返す色んな音声を聞き流しながら。
躰が引っ張られる重力を感じて両膝に力を込める。乗客がみんな同じ方向に揺らされて、わたしもちょっとバランスを崩しかけた。その時。
不意に二の腕を掴まれて後ろに引っ張られる。背中が誰かに当たって反射的に振り返り、「すみませんっ」と小さく謝った。
「・・・そのまま寄りかかっていろ、明里」
えっ・・・?!
一瞬、聞き間違いかと思った。でも確かに明里って呼んだ。亮ちゃんの声が。
躰が斜めのまま驚いて上を向いたら、そこに本当に亮ちゃんの顔があって。信じられないものを見たかのように、わたしは唖然としていた。
・・・・・・・・・えぇと。なんで、ここに亮ちゃんがいるの???
今日はまだお正月休み中で、えぇとここは電車の中で。
クエスチョンマークが頭の中を飛び回るだけで言葉も出て来ない。
呆然と見つめてしまっていると、亮ちゃんの口から溜め息が漏れて、掴まれたままだった二の腕がもっと強く引かれた。くるりと簡単に向きが変えられ、気が付いたら亮ちゃんの胸元に自分の顔を寄せて、抱き込まれたみたいになっていて。わたしの肩を大きな掌がしっかりと掴まえ、守るように。逃がしてもらえない。
今日は私服で黒のモッズコートを着ている亮ちゃん。ごわついた生地の肌触りが頬に触れて。煙草の匂いと仄かに甘すぎない香りが。これが男の人の、亮ちゃんの匂い・・・なのかな。安心したような。・・・ドキドキが止まらないような。
このまま永遠に電車が走り続けたらいいのに。
目を瞑り、蕩けそうに夢見心地でいながら本気でそう願っていた。
「・・・次で降りるぞ」
不意に声がして。促されるままに肩を抱かれた格好で、開いた扉から到着したホームに降り立つ。見れば、自分の最寄り駅より3つくらい手前の駅だった。
「あの、亮ちゃん? ここ違う駅なんだけど・・・?」
人波の流れに沿い、階段に向かって歩き出した亮ちゃんに合わせるように少し早歩きで。
「車を置いてある。・・・心配するな、送ってやる」
言い方は素っ気なかったけど。肩に乗せられた掌から伝わってくるのは、なんて言うか、確かな力強さみたいなものだったから。
少なくても上辺だけとか、どうでもいい気持ちで言ってくれてるのとは違うのかなって。嬉しくなってちょっと泣きそうだった。
今日から仕事初めの会社もある。夕方5時を過ぎ、コートにビジネス鞄のサラリーマンや、家族連れ、中高校生くらいのグループなどでわりと混雑していた。
下りの準急電車が到着し、ある程度の乗客を掃き出したものの、同じくらい乗り込んで軽く満員状態だった。
掴まれるものが無い所で人に囲まれ、目線に困って俯き加減に。右に左に揺れるのを、ブーツを履いた足で踏ん張る。この路線は分岐やカーブが多くて、大きく傾くポイントが何か所か。気を抜くと大変なことになるのだ。
ゴーゴーと、鉄の車輪が高回転して線路を擦る轟音。子供の声。笑い声。誰かのイヤホンから洩れる音楽のリズム音。ごった返す色んな音声を聞き流しながら。
躰が引っ張られる重力を感じて両膝に力を込める。乗客がみんな同じ方向に揺らされて、わたしもちょっとバランスを崩しかけた。その時。
不意に二の腕を掴まれて後ろに引っ張られる。背中が誰かに当たって反射的に振り返り、「すみませんっ」と小さく謝った。
「・・・そのまま寄りかかっていろ、明里」
えっ・・・?!
一瞬、聞き間違いかと思った。でも確かに明里って呼んだ。亮ちゃんの声が。
躰が斜めのまま驚いて上を向いたら、そこに本当に亮ちゃんの顔があって。信じられないものを見たかのように、わたしは唖然としていた。
・・・・・・・・・えぇと。なんで、ここに亮ちゃんがいるの???
今日はまだお正月休み中で、えぇとここは電車の中で。
クエスチョンマークが頭の中を飛び回るだけで言葉も出て来ない。
呆然と見つめてしまっていると、亮ちゃんの口から溜め息が漏れて、掴まれたままだった二の腕がもっと強く引かれた。くるりと簡単に向きが変えられ、気が付いたら亮ちゃんの胸元に自分の顔を寄せて、抱き込まれたみたいになっていて。わたしの肩を大きな掌がしっかりと掴まえ、守るように。逃がしてもらえない。
今日は私服で黒のモッズコートを着ている亮ちゃん。ごわついた生地の肌触りが頬に触れて。煙草の匂いと仄かに甘すぎない香りが。これが男の人の、亮ちゃんの匂い・・・なのかな。安心したような。・・・ドキドキが止まらないような。
このまま永遠に電車が走り続けたらいいのに。
目を瞑り、蕩けそうに夢見心地でいながら本気でそう願っていた。
「・・・次で降りるぞ」
不意に声がして。促されるままに肩を抱かれた格好で、開いた扉から到着したホームに降り立つ。見れば、自分の最寄り駅より3つくらい手前の駅だった。
「あの、亮ちゃん? ここ違う駅なんだけど・・・?」
人波の流れに沿い、階段に向かって歩き出した亮ちゃんに合わせるように少し早歩きで。
「車を置いてある。・・・心配するな、送ってやる」
言い方は素っ気なかったけど。肩に乗せられた掌から伝わってくるのは、なんて言うか、確かな力強さみたいなものだったから。
少なくても上辺だけとか、どうでもいい気持ちで言ってくれてるのとは違うのかなって。嬉しくなってちょっと泣きそうだった。