臆病な背中で恋をした
 2人でいても特に話すこともなく。却って気まずいというか、居たたまれない気がするのに。津田さんは構う素振りも見せず、もしかしたら、わたしを単なる置物と思ってるのかも知れなかった。

「ところで社長に挨拶は? 行ったか?」

 しばらく経って、一番触れられたくない話題が唐突に降ってきた。

「・・・いえ。行かないとダメでしょうか・・・?」

 おずおずと尋ねる。出来れば行きたくないオーラを前面に出しながら。

「別に。・・・けど社長は、そういうの気にするかもな」

 ・・・・・・それって行けってことなんじゃ。うわーん。亮ちゃんもいるのに、なんか失敗したらどうしよう?! ・・・・・・・・・・・・。

 固まったままのわたしに大きな溜め息が。それから頭の上にぽんぽんと軽く手が乗せられて、「・・・行くぞ」と津田さんが体を前に起こした。どうやら社長のところに一緒に行ってくれるらしい。

 人の間を縫うように歩く津田さんの後について前の方へ。
 部長クラスとおぼしき年配社員数人と談笑していた社長の許に、津田さんは遠慮なく寄って行って、「社長」とおもむろに声を掛けた。
 全員の視線がこっちを向いて、既にわたしは石と化してる。視線の中に亮ちゃんのが混ざっているのも分かって殊更。

 明けましておめでとうございます、と津田さんが挨拶をしたのに合わせて、慌てて自分も頭を下げた。

「ああ、おめでとう。・・・ところで連れは津田の彼女か?」

 分かっているのに、困ってるわたしを真下社長は面白そうに見下ろしてる。

「・・・いえ。預り物の小動物です」

 ・・・・・・どうして、津田さんはわたしを小動物って呼ぶのかなぁ。

「そうか。なら責任持って面倒見てやれ」

「さっさと飼い主に引き取ってもらいたいんですがね」

 肩を竦めて見せた津田さんに小さく咳払いをしたのは亮ちゃん。そっと窺ったら、冷ややかな視線とちょっとだけ絡んで。すぐに解けた。 
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