臆病な背中で恋をした
 あの夜、亮ちゃんは。会社に、・・・自分の許に留まればいつか後悔すると言った。理由を話したくないならそれでも構わない。わたしは好きで亮ちゃんの傍にいたいだけ。亮ちゃんが。本気でわたしに消えろって言うなら、ちゃんといなくなる。
 
 それまでは。どうか。

「・・・・・・亮ちゃんの邪魔にならないように、言われた通りに何でもするから・・・。傍にいさせて・・・?」

 思った気持ちをありのまま伝えた。
 わたしには演技をするとか、言葉を操るとか、持っているもの以上の自分に見せるスキルなんてない。これで駄目って言われたら、もう何もないなぁってぼんやり思った。
 でもきっと。亮ちゃんを好きなことだけは変わらないんだろうって。とっても大事な宝物だから。わたしにとっては何にも代えられない一生モノの。

 亮ちゃんもわたしを見つめていた。
 眸の奥で仄暗いなにかが揺れてる。気がする。
 身体の奥深くで、じっと身じろぐことなく堪えているようにも見えた。

 わたしも目を逸らさないで。
 自分に与えられる答えと現実を見届けて受け止めようと、静かに待つ。

 瞑目した亮ちゃんが、もう一度わたしを見つめ返して。重く口を開いた。

「・・・・・・俺は明里が思ってるような男じゃない」  

 見通せないスモークガラスのような眼差し。感情を消した無機質な色。
 亮ちゃんは首許の結び目に指を掛けて緩めると、ネクタイを解いて抜き取った。それから立ち上がってベストを脱ぎ、シャツも脱ぎ捨てて上半身裸になる。

 わたしは、無駄な肉が付いていない、引き締まったその身体に目を奪われながら、状況が飲み込めずに戸惑って。ただ亮ちゃんを茫然と見上げてるだけ。

「・・・・・・明里」

 何も読み取れない無表情でわたしを見下ろす亮ちゃん。

「これが今の俺だ」

 低い声がやけに耳に残る。
 おもむろに向けたその背中には。

 桔梗に似た紫色の花が。肩から流れ落ちるように、一面に咲き零れて。・・・いた。

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